相続関係


 遺言書の物件記載と登記手続(2014年7月9日)

 亡くなった被相続人の方がせっかく遺言書を残されているにもかかわらず、その記載方が不明確なために遺言内容を実現できないケースがありますが(ほとんどが自筆証書遺言のケースかと思いますが)、殊、不動産に関して言いますと、遺言書の不動産の記載が登記簿の記載と合致しないため、遺言内容に従った登記ができない場合があります。これは、例えば、遺言の内容が「篠山市にある家は長男○○に相続させる」とあった場合、ここでいう家とは建物だけなのか、それとも敷地である土地も含むのか、仮に敷地である土地も含む場合でもどの範囲まで含むのかについて疑問が発生しますし、また、遺言書において不動産の表示を住居表示の記載で行った場合、登記簿の土地の地番、建物の家屋番号と一致しないため、不動産の同一性に疑問が発生しますので、審査をする法務局側が判断に困り、場合によっては登記申請を却下することになるという具合です。
 ところで、遺言の解釈指針になるものといえば、昭和58年3月18日の最高裁判決が有名であり、当該判決は「遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書の特定の条項を解釈するにあたっても、当該条項と遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して当該条項の趣旨を確定すべきである。」と判示しています。
 したがって、遺言書の不動産の記載が不明確で登記手続上やや問題がある場合、登記の面においても遺言書の内容が実現されるよう、上記判例の趣旨に則り登記の申請者側でも工夫をしていかなければなりません。例えば、遺言書の物件と登記簿の物件の同一性を補完できるような資料を登記申請書と一緒に提出したり、相続人全員の協力が得られる場合は相続人全員の申述書(印鑑証明書付き)を登記申請書に添付したりします。また、そういった申請人側の努力では難しい場合は、遺言によって当該不動産を取得した者の所有権確認の判決を裁判所から貰い、当該判決書を相続証明書として添えて登記申請をするのも一方法とされています。
 というわけで、遺言書の不動産の表示が登記簿の記録と合致しない場合は、いざ遺言書に基づいて登記をする場合に問題になってきますので、特に自筆証書遺言の場合は、遺言書の不動産の表記は登記簿どおり正確に記載するよう心掛けたいところです。
 

 一人っ子の相続登記のちょっとした問題(2014年5月21日)

 子が一人だけの場合の遺産相続は揉めなくて済むから楽である、と一般的には考えられそうです。確かに、遺産相続は揉めずに済めばそれに越したことはありませんよね。
 ところで、このような楽に済みそうな「一人っ子相続」の場合において、不動産の相続登記をする場合、ちょっとした注意点があります。
 例えば、不動産の名義人であるAが死亡したことにより相続が開始し、その相続人が妻BとAB間の子Cの2名であった場合、BC間で遺産分割協議をした結果、Cが不動産を単独で取得する旨の合意が成立すれば、AからCへ直接に不動産の相続登記(名義変更)をすることができます。
 ところが、Aの相続開始後、遺産分割協議をする前にBも死亡した場合(BにはC以外に子はいないものとします)、最終的にはCが不動産を相続することに変わりはないのですが、この場合、一旦BC各持分2分の1の共有名義での相続登記を行い、続けてB持分2分の1のC名義への相続登記を行うのが登記実務の取扱いとなっています。要は、Cの単独名義にするには、2段階で相続登記をしなければならないというわけです。その理由はというと、簡単に言えば、Aの相続人たる地位がC一人に帰属した以上、もはやC一人では遺産分割(協議)を行うことはできないので、その結果、遺産分割の効果によりAの相続開始時に遡ってCが単独で不動産の所有権を取得するということはできない、ということです。ABの唯一の相続人はCだけなんだから直接C名義に変更したっていいじゃないか、とはいかないわけです。そうすると、2段階相続登記の結果、不動産の持ち分2分の1については登録免許税が二重にかかるので、特に不動産の評価額が高い場合、税負担が重くなります。
 では、仮に、Aの相続開始後、BC間でCが単独で不動産を取得する旨の遺産分割協議は成立していたのだけれど、その協議書を作っていなかった(Bの印鑑証明書も無い)だけの場合はどうでしょう。この場合、AとBの相続人全員でBC間の遺産分割協議が成立したことの証明書(印鑑証明書付き)を添付すれば、当該協議内容での相続登記ができるとするのが登記実務ですが、果たして相続人がC一人の場合にもこの実例が通用するのか考えなければなりません(← 実際はというと、この扱いが割と通用しているような・・・)。
 いずれにしても、たとえ最終的に相続人となる子が一人だけの場合でも、遺産分割や相続登記をするタイミングは考えておいた方がいいのかもしれません。

( 追 伸 ) 平成27年1月現在
 神戸地方法務局管内の取扱い
1 @ Aが死亡
  A 乙、丙間の遺産分割協議が未了のまま、乙が死亡
  B 丙が、甲の遺産全部を丙が相続した旨記載した遺産分割決定書を作成し、甲から丙への相続を原因とする所有権移転登記を申請した場合
 → 受理されない
2 @ 甲が死亡
  A 乙、丙間で丙が甲の遺産全部を取得する旨の遺産分割協議が成立
  B 乙が死亡
  C 丙が、乙丙間の遺産分割協議証明書を作成し甲から丙への相続を原因とする所有権移転登記を申請した場合
 → 受理されない
  ※ 上記いずれの場合にも、生前の乙が遺産分割協議をしたことが明らかである書面(乙、丙による遺産分割協議書(印鑑証明書付))を添付しない限り、受理しない取扱い。


 遺言執行者の有無と対抗要件の要否(2014年5月8日)

 遺言を作成した場合、内容の如何にかかわらず遺言執行者も定めておく場合が多いと思いますが、特に相続人以外の第三者に不動産を遺贈するような遺言の場合は、執行妨害行為との関係で遺言執行者は必ず定めておくべきです。
 といいますのも、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(民法1013条)」と民法で規定されており、これに反する相続人の遺産処分行為は絶対的に無効であると解されていますので、仮に相続人が遺贈の目的である不動産を第三者に処分したとしても、当該第三者は受遺者との関係で民法177条の登記なくして対抗できない第三者には該当しないとされているからです(大審院昭和5年6月16日判決、最高裁昭和62年4月23日判決)。要するに、遺言執行者が存在すれば、万一相続人が遺贈の対象不動産を処分したとしても受遺者は当該処分行為の無効を主張できるので、とりあえず安心であるといえます。
 一方、遺言執行者が存在しない場合はどうかといいますと、この場合、相続人から不動産の処分を受けた第三者と受遺者は民法177条の対抗関係に立つとされています(最高裁昭和39年3月6日判決)。したがって、遺贈対象不動産の所有権移転登記をする前に第三者への売買等による所有権移転登記がされた場合は、もはや受遺者は当該不動産を取得できないのが原則となります。
 このように、遺言の内容によっては、遺言執行者の有無がかなり重要になってきますので、遺言を作成する場合には、ちょっと気を付けたいところです。


 遺産の一部漏れと遺産分割の効力(2014年4月26日)

 前回は、参加相続人の過不足と遺産分割の効力に関するお話でしたが、今回は遺産分割の対象となるべき遺産が漏れていた場合の遺産分割の効力に関するお話です。
 この点に関しては、基本的には、遺産の一部が遺産分割の時点で漏れていた(発見できなかった)場合、脱漏した遺産が価格等において重要なものであり、相続人が当該脱漏していた遺産の存在を知っていたならば遺産分割協議をしなかったという場合には、共同相続人間の公平の理念に照らし、当該遺産分割協議は無効となる、と考えられています(高松高裁昭和48年11月7日決定等)。
 そうすると、上記のような場合に該当しなければ、遺産の一部漏れがあっても、遺産分割協議は原則として有効ということになりそうです。
 したがって、仮に遺産分割終了後において、新たに遺産が見つかった場合、先の遺産分割が有効であれば、新たに見つかった遺産についてのみ、再度遺産分割をすればよいということになりますし、無効とされるような場合であれば、先の遺産分割の無効を確認した上で、すべての遺産について再度遺産分割をすることになります。
 ところで、篠山市のような田舎でのいわゆる「地の人」の相続の場合、特に不動産に関しては、間々遺産の脱漏が生じがちです。というのも、遺産たる不動産の中に私道、水路、ため池等の非課税物件が存在する場合が比較的多く、またこれらの細かい物件については相続人の方も把握しておられない場合があるため、入手できた調査資料(権利証、名寄帳等)に表れてこないと、遺産分割の対象財産から抜け落ちてしまうからです。
 では、このような経済的には比較的価値の低い不動産が脱漏した状態で行った遺産分割は、先の理論で有効無効を考えると、どうなるのでしょうか。この点、私見としては、脱漏した不動産の遺産全体に対する経済的価値から考えると(不動産の評価額は極めて低い)、基本的には有効性に影響はないと思いますがどうでしょう。
 もっとも、仮に協議で遺産分割を行う場合は、相続人全員の合意が得られるならば、「後日判明するものも含めその他一切の不動産は○○が取得する」みたいな文言を記載することが多いですので、これをもって遺産漏れに対する一定の対処はできていると考えてもいいのでしょうけどね。


 相続人でない者が参加した遺産分割の効力(2014年4月22日)

 遺産分割をする場合、最低限、事前に必ずやっておかなければならないのは、遺言の有無の調査と相続人と遺産の確定です。
 ところで、遺産分割に参加させるべき相続人を参加させずに行った遺産分割は無効ですが、反対に相続人でない者が参加した遺産分割の効力はどうなるのでしょうか?
 この点に関しては、実務的には、相続資格のない者が取得した遺産に関する部分についてのみ無効であり、他の相続人が取得した遺産に関する部分ついては有効であるとするのが原則です。そして、例外的に、相続人でない者が参加した遺産分割を維持することが不当な結果を招来し、正義に反するような特段の事情が認められる場合にのみ遺産分割全体が無効になるとされています。なお、この特段の事情の有無については、ケースバイケースで判断されるようです。
 したがって、誤って相続人でない者を遺産分割に参加させ、当該相続人でない者が遺産を取得したような場合は、基本的にはその遺産についてのみ無効であるとして真正な相続人間において再度の遺産分割をすればよく、それ以外の遺産については当初の遺産分割の結果を維持すればよいということになりそうです。また、遺産分割全体のやり直しを希望する相続人は、他の相続人を相手に再協議の申入れ、調停申立て、遺産分割無効確認訴訟の提起等を行うことになるのでしょう。
 いずれにしても、遺産分割のやり直しは大変なので、「遺産分割において、相続人の過不足は厳禁」ということです。


 遺産の一部分割と協議書文言の工夫(2014年3月29日)

 遺産分割は全遺産を一回の協議、調停、審判で分割してしまい後日に紛争が生じないようにしておくのが理想であり基本です。そんなわけで、遺産分割の協議書等の書面には、「その他の遺産はすべて○○○○が取得する」、「後日判明した遺産は△△△△が取得する」、「本協議書に定める外何らの債権債務も存在しない」等々といった条項を記載したりします。
 ところが、遺産の内容や相続人の関係性といった遺産を取り巻く状況は千差万別なので、遺産分割が一度で終わらないケースも間々あります。もっとも、そんな場合でも、とりあえず遺産の一部については分割の合意ができる場合がありますので、そんな場合は、遺産の一部分割の協議書等の書面が作成されたりします。
 ところで、このような遺産の一部分割をする場合、未分割となる残余の遺産についても一定の配慮をしておく必要があります。といいますのも、遺産分割は遺産や相続人の一切の事情を考慮して遺産全体を相続分に従って分割するのが基本ですので(民法906条)、先に行った遺産の一部分割が後に行う残余の遺産分割に影響する可能性があるからです。したがって、やむなく遺産の一部についてのみ分割の合意をする場合は、後日の残余の遺産を分割する際に、今回の遺産分割の結果(各相続人の取得分)を考慮するかどうかについても取り決めておく必要があります。そうしておかないと、後日に行うであろう残余の遺産の分割に際して、前回の遺産分割の結果を考慮するか否かについて争いになる可能性があり、結果、余計な紛争を増やす虞があるからです。
 したがって、遺産の一部分割の協議等が成立した場合において作成する遺産分割協議書等の書面においても、今回の遺産分割の結果を後日の残余遺産の分割において考慮するのか、それとも考慮しない別個独立の遺産分割とするのかについて明記しておくべきことになります。
 以上、ちょっとしたことかもしれませんが、そこに配慮できるかどうかでより良い遺産分割になってくるものだと思います。


 兄弟姉妹の代襲相続(2014年3月26日)

 例えば、被相続人(父)の相続が発生した時点で本来であれば相続人となる子が死亡等により相続権を失っていた場合、子の子(孫)が子に代わって相続人となり(代襲)、孫も死亡等により相続権を失っていた場合は、さらに孫の子(ひ孫)が相続人となります(再代襲)。このような相続を「代襲相続」といいますが、設例のように直系卑属(縦の系列)であれば法律上は際限無く代襲相続が発生します(民法887条2項・3項)。
 一方、被相続人の相続開始時に子(その代襲相続人を含む)及び直系尊属(親、祖父母等)が存在しない場合は、被相続人の兄弟姉妹が相続人となりますが(民法889条1項2号)、相続開始時に兄弟姉妹が死亡等により相続権を失っていた場合は、その子(甥や姪)が代襲相続します(民法889条2項)。ところが、兄弟姉妹の代襲相続の場合は、再代襲は生じないとされています(民法889条第2項は887条第3項を準用していません)ので、仮に被相続人の相続開始時において甥や姪まで既に死亡していた場合は、その子(姪孫)には相続権はないことになります(但し、昭和56年1月1日の民法改正前までは兄弟姉妹の相続の場合でも再代襲以下の代襲相続が認められていましたので注意が必要です。)。
 ところで、親族関係の話になると、「昔は兄弟姉妹が多かった」なんて言葉をよく聞きますが、実際、例えば5人以上の兄弟姉妹がおられるケースはよくありますよね。そして、そのような場合、一番年上の長子と一番年下の末子の年齢差がかなりひらいている(例えば20歳くらい)ケースもあるでしょう。そうすると、そのような場合、反対に長子の子(甥姪)と末子(叔父叔母)の年齢差はあまり無いケースが生じてきたりするわけですが、兄弟姉妹に再代襲相続が生じないという点は、ズバリこのようなケースで問題となってくると思われます(どちらが先に亡くなってもおかしくありませんので)。仮に、叔父に子供がなく、長兄とその子(甥)もすでに死亡している場合、甥の子には叔父の相続権はないという具合です。
 もし、このような場合において、叔父が姪孫(甥の子)に遺産を承継させたい場合は、遺言で対処(遺贈)するしかないのでしょうね。

(子及びその代襲者等の相続権)
第887条  被相続人の子は、相続人となる。
2  被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
3  前項の規定は、代襲者が、相続の開始以前に死亡し、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その代襲相続権を失った場合について準用する。  


 嫡出子と非嫡出子の法定相続分の今後の取り扱い(2014年3月10日)

 新聞等も賑わしておりましたのですでに多くの方がご存知かと思いますが、平成25年9月4日、最高裁判所大法廷は、裁判官全員一致で、「嫡出子(法律上の婚姻関係にある男女間に生まれた子)と非嫡出子(法律上の婚姻関係にない男女間に生まれた子)の法定相続分に差(2対1の割合)を設けていた民法900条但書の一部規定が憲法に違反する状態(違憲状態)にある」と判断しました。そして、この最高裁の決定を受けて、すぐさま法改正がなされ、民法900条但書の違憲部分を削除した改正民法が平成25年12月11日に公布・施行されました(つまり、嫡出子と非嫡出子の法定相続分が平等になりました)。

 ところが、最高裁の判断や法改正があったからといって、一律に過去の相続問題にまで遡って改正内容が適用されるかというと、そうも行かないのが法律の難しいところです(そんなことになると、過去の解決済みの相続問題が蒸し返されて大変なことになります)。

 そこで、今回の最高裁違憲決定と改正民法の施行により、今後の法律実務における嫡出子と非嫡出子の法定相続分の取り扱いが具体的にはどのように変わるのかについて、法律雑誌等でいろいろ情報が出ておりますので、ちょっとまとめてみますと概要は以下のとおりです。

1.平成25年9月5日以降に発生した相続
 改正民法が適用されます。よって、嫡出子と非嫡出子の相続分は同等です。

2.平成13年7月から平成25年9月4日までに発生した相続
 改正民法は適用されませんが、最高裁違憲決定の事実上の拘束力が及びます。
 その結果、最高裁がいうところの「確定的なものとなった法律関係」に該当するかどうかで結論が分かれます。該当する場合は、従前どおりの法定相続分(2対1)の扱いで処理されます。該当しない場合は、法定相続分は同等の扱いで処理されます。
 なお、この「確定的なものとなった法律関係」とは、すでに遺産分割の審判、調停、協議等により遺産相続に関する問題が改正前民法の規定に基づき解決されているような場合のことをいうとされています。

3.平成12年10月から平成13年6月までに発生した相続
 今後の裁判所の判断によるとされています(グレーゾーン)。

4.平成12年9月以前に発生した相続
 改正前民法の規定による従来の法定相続分(2対1)に従うとされています。


 因みに、司法書士の専門分野である相続登記に関しても、関係省庁から通達等が出ておりますが、とりあえず注意すべきは法定相続分に基づいた登記申請をする場合であり、その場合は上記の各該当期間に応じて適宜管轄の法務局に事前相談等したうえで処理すべしといったところでしょうか。

 以上のほかにも、法律雑誌等では判断に悩みそうな事例が多数想定されておりましたので、該当事例にあたる場合は慎重な実務処理が要求されそうです。


 相続分の二重譲渡と優先関係(2014年2月17日)

 例えば、被相続人Xの遺産相続で、子A,B,Cの三名が相続人の場合において、Cは「遺産は一切いらないがAが多めに相続すればいい」と考えている場合、CはAに対して自己の相続分を譲渡し、後はAとBがそれぞれの相続分(2対1)を考慮して遺産を分割する、といった方法が採られる場合があります。
 ところが、CがAに相続分を譲渡した後に、諸事情で心変わりし、Bが多めに相続すればいいと考え、改めてBに相続分を譲渡した場合、先のAに対する相続分の譲渡と後のBに対する相続分の譲渡のどちらが優先するのでしょうか?
 この点、相続分の譲渡には何らの様式も決まっておらず、譲渡の通知や登記といった対抗要件も要求されていませんので、先に行われた相続分の譲渡が有効になされたものである以上、後に行われた相続分の譲渡は無効である、というのが一般的な考え方のようです(ただし、対抗要件としての通知が必要とする反対説有)。
 そんなわけなので、特定の相続人に対して相続分の譲渡をする場合は、事前によく検討して行うのがよいでしょう。


 間違いやすい相続関係〜その3〜(2014年1月6日)

 新年明けましておめでとうございます。
 本年1回目のお題は、先日ありましたとある研修会でのネタから頂きました難しい相続関係についてです。
 難しい相続関係といえば、多くは現行の民法によるものではなくやはり旧民法絡みのものになります。といいますのも、相続関係はその被相続人に関する相続若しくは親族関係が発生した当時の法律を基準に決定されますので、大昔に発生した相続・親族関係であっても現在行う相続手続に影響してくることが往々にしてあり、したがって、古い時代に発生した相続や親族関係を正確に処理し、各種相続手続の基礎となる正確な相続関係を把握するには、現在の法律(現行民法)だけではなく、過去の法律(旧民法)も理解していなければならないとされるからです。
 そんな旧民法が絡んでくるような難しい相続ですが、今回の事案は最高裁平成21年12月4日判決の事案です。
 詳しい内容は最高裁ホームページで検索してご覧いただければと思いますが、概要を簡単に言いますと、「大正時代にとある家の養女になったAがその家の家督を継いだ後に、実の妹Bと養子縁組をした後、昭和14年の隠居・結婚に伴いAが養家を去った場合、AとBの養親子関係(延いては相続関係)は消滅するのかどうか」が争われたものです。なお、Aの相続開始(死亡)は平成時代に入ってからであり、Aには実子が存在します。
 現在の法律で単純に考えれば、AとBは離縁していないのだからAB間に親子関係は存在し、延いては相続関係も存在するとなりそうです。ところが、Aの相続開始は平成に入ってからではあるものの、上記のAB間の親族関係が発生したのはいずれも戦前の旧民法の時代なので、AとBの親族関係(延いては相続関係)を判断するには旧民法をも参照して判断しなければなりません。
 そこで、旧民法ですが、次のような規定がありました。

旧民法730条2項(現代語訳)
「養親が養家を去りたるときは其者及び其実方の血族と養子との親族関係は之に因りて止む」
 
 この条文を事案に合わせて読むと、「養親(A)が養家を去ったときは、養親(A)と養子(B)の親族関係(親子関係)は消滅する」というふうに読めそうです。
 実際の裁判ではこのAB間の養親子としての相続関係の有無が争われたのですが、裁判所は、旧民法730条2項によりAとBの養親子関係は消滅したので、AB間に親子としての相続関係は存在しないと判断したようです。いわば条文どおりの判断です。
 因みに、養子が養家を去ることを法律用語で「去家」といいますが、この「去家」という文言については、該当する事実があっても直接戸籍に「去家」と記載されたりはしません。そんなわけで、第1審、第2審の裁判では事案が旧民法730条2項の去家に該当するものであることが見過ごされたのではないか?とのお話を研修会の講師の方がなされていました。
 なるほど、昔の「家」制度(家督、分家、去家、絶家・・・)に対する理解と強い意識が無いと見過ごしそうな親族関係といえそうです。
 このような事案に滅多に当たることは無いでしょうが、まずは戸籍を注意深く読むことが大事であるということがよく分かる事案ではないでしょうか。


 限定承認の利用法〜特定の遺産だけは欲しい〜(2013年11月15日)

 以前、「遺産は要らないが特定の土地だけは欲しい(2013年3月27日)」という表題で記事を書きましたが、そのときは、被相続人の生前から行う対処法という視点からの検討でした。今回は、すでに相続開始後の場合で、しかもプラスの遺産よりもマイナスの遺産の方が多いような場合において、相続人の負債への責任を抑制しつつ、特定の遺産だけは取得したい、というような場合に利用できる遺産承継方法のお話です。
 まず、民法では相続に関する方法の1つとして、第922条以下で「限定承認」という方法を規定しています。

(限定承認)
第922条 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。

 この「限定承認」という制度、簡単に言いますと「マイナスの遺産に対する相続人の弁済責任をプラスの遺産の範囲内に限定する」という制度です。例えば、被相続人が1000万円のプラス財産と2000万円の負債を残して死亡した場合において相続人が限定承認した場合は、相続人は1000万円の範囲で負債を弁済する責任を負うことになり、それ以上に相続人自らの財産をもって承継した負債を弁済する義務を負わない、ということになります。この制度のメリットの1つとしては、プラスの財産があるので承継したいがマイナスの財産もありその額が不明であるような場合に(例えば保証債務)、後に莫大な負債が判明しても相続人がプラスの遺産以上に多大な負担を負わないようにすることができる点があります。
 もっとも、設例のように、負債の方が圧倒的に多いような場合は、限定承認よりも相続放棄をするのが通常です(相続放棄の方が単純明快でしかも手続における時間、労力、費用等の面で圧倒的に負担が軽い)。
 しかし、中には、本来なら相続放棄したいところ、遺産中にどうしても取得したい遺産(例えば自宅建物等の不動産)がある場合、単純に相続放棄をしてしまうと遺産は一切取得できませんので、別の方法を考えなければなりません。そんなときに、使えるのが限定承認制度のもう1つのメリット、「先買権」という権利を行使する方法です(民法932条但書)。

(弁済のための相続財産の換価)
第932条 前三条の規定に従って弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければならない。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができる。

 この先買権の規定ですが、簡単に言いますと、限定承認をした場合、本来であればプラスの財産(自宅建物)を競売に付して換価し、換価代金をもって負債の弁済に充てることになるところ、競売を一旦取り止めて鑑定人に適正な評価額を算出させ、その評価額をもって相続人に優先的に買受ける権利を与える、という制度を定めているのです。もっと言えば、公正な価格で換価できるなら債権者に不利益も無いだろうから特定の遺産(自宅建物)を取得したい事情のある相続人に優先的に売り払っても問題ないでしょう、というものです。

 したがって、自分の財産まで充てて相続負債を返済したくはないが特定の遺産だけは取得したいという相続人は、相続放棄ではなく、限定承認+先買権の行使により、目的を実現できる可能性があるということになります。

 ただし、この限定承認の方法を採る場合、手続面での負担がやや重く(原則として相続人が財産管理人になり、相続債権者への公告・催告をし、相続財産の管理・清算・配当をしなければならない)、また、税金面では被相続人に「みなし譲渡所得税」が発生しこれを相続人が申告・納税しなければならないことになるので、これらのデメリットも承知のうえで行わなければなりません。
 そんなわけで、限定承認の制度自体、利用実績があまりよくないのが実情のようです(平成24年度全国統計、相続放棄169300件、限定承認833件)。
 以上、ご参考まで。


 財産管理人選任の申立資格(2013年11月12日)

 相続財産管理人(主に、相続財産(遺産)があるのに相続人の存在が明らかでない場合において、相続財産を管理・清算するために家庭裁判所により選任される。民法951条〜959条)や不在者財産管理人(主に、財産を有している者が行方不明のため財産が長期間放置されている場合において、財産を管理するために家庭裁判所により選任される。民法25条〜29条)といったいわゆる法定財産管理人については、多くのケースが、当該財産について何らかの利害関係を有する者からの申立により、管轄の家庭裁判所が選任するパターンになっているかと思います。
 したがって、相続財産管理人や不在者財産管理人の選任を必要とする利害関係人としては、管轄の家庭裁判所に対し選任申立をするにあたり、自らの利害関係を疎明しなければならず、基本的に利害関係を疎明する資料を家裁へ提出しなければなりません。
 因みに、ここでいう利害関係とは、「法律上の利害関係」をいうとされています。
 では、法律上の利害関係を有する場合とは具体的にどのような場合をいうのかですが、代表的な例としては次のとおりです。

(相続財産管理人選任の場合)
1.受遺者、遺言執行者(相続人以外の者が遺言により遺産を受け取る場合等)
2.相続債権者、相続債務者(被相続人に対して債権を有し、又は、債務を負担していた者)
3.担保権者(相続財産に対して担保権を有する者)
4.時効取得者(相続財産を時効取得した者)
5.隣接地所有者(境界確定請求をするため等)
6.相続財産の共有持分権者(相続財産の中に共有物がある場合)
7.成年後見人であった者(相続財産の管理を引継ぐため)
8.事務管理者(相続財産を事実上管理し管理費用を出捐した者等)
9.国庫、地方公共団体(徴税のため等)
10.国、地方公共団体、各種公団等(相続財産を買収しようとする場合)
11.福祉事務所(利用料徴収または管理財産の引継ぎ等をするため)
12.特別縁故者(民法958条の3の申立をしようとする者)
13.検察官(公益の代表)


(不在者財産管理人選任の場合)
1.共同相続人(不在者と同じく相続人の地位にある者が遺産分割をしたい場合)
2.債権者、債務者(不在者に対して債権を有し、又は、債務を負担している者)
3.担保権者(不在者の財産に担保権を有する者)
4.時効取得者(不在者の財産を時効取得した者)
5.隣接地所有者(境界確定請求をするため等)
6.国、地方公共団体、各種公団等(不在者の財産を買収しようとする場合)
7.土地区画整理組合(区画整理事業の実施上必要な場合)
8.検察官(公益の代表)

 そのほか、法律上何らかの請求権(例えば相隣関係に基づく請求権等)を有している場合なども該当し得るとして、ここでいう「法律上の利害関係」については、法律の制度趣旨から考えて比較的広く緩やかに認められるべきであるとの見解もあるようです。
 ところで、司法書士の実務上では、財産管理人選任申立の動機として、比較的多くあるのが、被相続人の相続財産又は不在者の財産である不動産を購入したい、というものです。例えば、自宅隣接地を購入したいと思ったところ、所有者が死亡しておりその相続人もいない場合や所有者が行方不明である場合などです。
 この点、先に挙げた例のように国や地方公共団体といった公的機関が当該不動産を買収したい場合は利害関係有りとして財産管理人選任が認められますが、私人が単に当該不動産を購入したいだけのために財産管理人選任申立をする場合は利害関係があるといえるかどうかが問題となります。これは、厳密に言えば、単に購入したいというのは法律上の利害関係があるとは言えないと考えられるためです。
 では、実際の裁判所の運用はどうかというと、確かに「私人の場合の購入目的のみでの選任申立はちょっと・・・」という具合に敬遠するようなことを言われることが結構ありますが、それでも認めてもらえる場合もありますので、結局、裁判官の判断次第なのかなと思います。
 というわけで、不動産購入目的での法定財産管理人の選任申立にあたっては、購入目的以外に法律上の利害関係が何かないかできる限り探してみるのも一案かも知れません。
 なお、晴れて財産管理人が裁判所より選任されても、実際に管理財産である不動産を売却するにあたっては、あらためて財産管理人において家庭裁判所の許可を得なければならず(民法28条、953条)、最終的に目的不動産を購入できるという保証はありませんので、その点は選任申立にあたって事前に留意しておく必要があるでしょう。


 遺言の内容に反する遺産分割は有効か?(2013年9月25日)

 「一応遺言があるんだけど、その内容が相続人の意思と合致しないので、遺言は無視して相続人全員であらためて遺産分割協議をすることができるか?」という問題は、遺言件数が増えている現代においては結構起こるのではないかと思います。要は、遺言者の意思(遺志)と相続人の意思が合致しないというお話です。
 例えば、被相続人A、その相続人B、C、Dのケースで、Aが「全財産をBに相続させる」旨の遺言を残して死亡した場合、その遺言に従えば、遺留分の話は別として、BはAの全遺産を相続できるわけですが、Bとしては遺産を独り占めするのではなく相続人みんなで平等に分けたいという場合、Aの遺言を無視してB、C、Dで遺産分割協議をしてそれぞれが遺産を相続するようなことができるのか?ということです。
 この点、相続人全員が遺言の存在と内容を承知したうえで、全員の合意のもとに遺言と異なる内容の遺産分割の協議が成立したのであれば、その協議は有効である、と考えるのが遺産分割実務の大勢であるようです(その理屈はいろいろあるようですがここでは割愛します)。たしかに、遺言者の意思(遺志)には反しますが、相続人全員が納得するような協議が成立したのであれば、当該協議内容の方を尊重しましょう(その方が有意義である)という感じでしょうか。もっとも、遺言の内容に納得いかない一部の相続人が他の相続人を強迫し強制的に遺産分割協議に応じさせたような場合は、遺産分割協議が後に取り消される事態になりかねませんのでそのような行為は厳に慎むべきでしょう。
 一方、そもそも遺産分割協議の時点で遺言の存在が判明していなかったような場合は、もし遺言の存在と内容が相続人に判明していればそのような遺産分割協議はしなかった可能性が出てきますから、ケースによっては遺産分割協議が無効とされる可能性があります(最高裁平成5年12月16日判決等)。
 また、一部の相続人だけが遺言の存在を知っていたような場合は、もし知っていた相続人が遺言を故意に隠していたことになれば、その相続人は相続欠格者(民法891条5号)になるので遺産を相続できなくなりますし、遺言の内容について虚偽の内容を述べて真の内容を知らない他の相続人を騙して遺産分割協議を成立させたということであれば、詐欺による遺産分割協議の取消し(民法96条1項)や協議の錯誤無効(民法95条)が認められる可能性も出てくるかと思います。
 それから、遺言書(ここでは自筆証書遺言)については、その存在が発見された以上、発見した相続人は遅滞なく家庭裁判所に対して検認請求をしなければなりません(民法1004条1項)ので(特に封印してある場合は勝手に開封してはいけません)、内容云々はともかく、まずは検認請求をすべきでしょう。この点、どうせ相続人全員で遺産分割協議をするんだからと不用意に遺言書を破棄することは避けるべきと思います。
 いずれにしても、遺言書があるのに遺産分割協議をする場合は、ちょっと慎重な行動が求められるのではないかと思います。


 包括遺贈の受遺者は要注意!?(2013年9月10日)

 「遺産の全部又はその一定割合を与える遺贈(遺言による贈与)」のことを「包括遺贈」といいます。そして、この包括遺贈によって遺産の全部又はその一定割合を取得することができる立場におかれる者のことを包括受遺者といいます。
 さて、この包括受遺者ですが、法律上、「相続人と同一の権利義務を有する」とされています(民法990条)。したがって、包括遺贈を受けた包括受遺者は、プラスの遺産はもちろん受け取れますが、マイナスの遺産(要は借金等の負債)も受け取らなければなりません。
 というわけで、包括遺贈については、安易に遺贈を受諾すると思わぬ負債を背負わされるハメになる可能性があるので注意が必要なのです。
 そこで、包括受遺者(特に本来は相続人でない受遺者)は、自分に対して包括遺贈する旨の遺言の存在を知った時は、単純に喜ぶのではなく、まずは遺産の状況を十分に調査する必要があります。そして、調査の結果、負の遺産の方が多いような場合は、速やかに遺贈の放棄の手続をとらなければなりません。
 ところで、この包括遺贈の放棄については、相続放棄の場合に準じて行わなければならないとされています。したがって、包括受遺者は、「自己のために包括遺贈があったことを知った時から3か月以内に、遺贈について、承認又は放棄をしなければならない(民法915条)」ことになり、その放棄の手続は、もちろん、通常の相続放棄の場合と同様、管轄の家庭裁判所に対して申述する(申述書を提出する)方式によりしなければなりません。もし、遺贈の放棄の手続を採らずに期間が経過してしまった場合は、遺贈を承認したものとみなされてしまいます(民法921条)。
 
 う〜ん、一般的に遺産を全部あげるといわれれば単純に喜んでしまいそうですが、それも遺産の中身次第ですから、場合によってはタダほど怖いものはないと思わされるかも?ということでしょう。それにしても、ふと思ったのですが、悪意で負債を吹っかけるために包括遺贈の受遺者にされたりしたら大変でしょうね。一応、遺贈を「知った時から」3か月以内に放棄すればいいんですけど、いつ知ったかで問題になる可能性もあるわけですし・・・。 


 間違いやすい相続関係〜その2〜(2013年7月17日)

☆ 継親子関係と特例相続

 継親子関係(けいしんしかんけい)とは、例えば先妻との間の子と後妻との関係のことをいいます。
 この継親子関係については、現行の民法では、姻族一親等の親族関係として扱うことになっており、よって、養子縁組でもしない限りは親子間における相続関係は生じないとされています。
 一方、旧民法では、この継親子関係については、自然の親子間と同一の法定血族関係があるとされていました(旧民法728条)ので継親子間に相続関係が生じます。
 したがって、旧民法当時に発生した相続でもない限り、この継親子関係については、基本的には相続関係が生じないと扱って問題ないことになります。
 ところが、これにもちょっとした落とし穴がありまして、現行民法下で生じた相続においても、特例として継親子間に相続関係が生じる場合があります。このような場合のことを、「家附の継子(いえつきのけいし)の相続」といいます。

 まず、「家附の継子」とは継子のうちでも「その家で出生した者」を意味し、他家から入籍した者(養子や連れ子)は含まれず、その生家で旧法中であれば当然に戸主の財産を相続するであろうと期待された子のことをいいます。
 この家附の継子と認められるための要件は以下のとおりです。

@ 被相続人が、民法応急措置法施行の際に戸主であった。
A 当該戸主は、婚姻(入夫婚姻)又は養子縁組(単純・壻養子)によって他家から入ってきた者であった。
B 当該戸主とその家で出生した戸主の配偶者の子との間に、応急措置法施行の際に継親子関係が存していた(同じ家にいた)。

 上記の要件を満たす継子については、継親の遺産について、相続権があるとされます。
 このような場合には、現行民法施行後に開始した相続についても、家附の継子は継親の嫡出子と同一の権利義務を有するものとして、その本来有したはずの相続権を保護しようとしたわけです。なお、この場合の、相続対象の遺産については、応急措置法施行の際の戸主が、新法施行後に取得した財産も含まれると解されています。
 さらに、この家附の継子の子には、前回ご紹介した代襲相続権も認められますので、家附の継子が、継親であった者の相続開始前に死亡した場合、この継子の直系卑属で継親子関係発生後出生した者は、代襲相続人となります(昭32.12.14 民甲2371 回答)。

 というわけで、上記のような要件を満たす「家附の継子」が戸籍上に表れている場合は、現行民法に基づく相続においても、その者又はその者の子についても考慮した相続関係の調査をしなければならないことになるので、注意が必要となるのです。


 間違いやすい相続関係〜その1〜(2013年7月12日)

 相続登記事件を処理するためには、まず戸籍等の相続関係書類を正確に読めなければなりません。「正確に読む」とは、戸籍に記載された情報の中から、@被相続人の死亡の事実とAその相続人に該当する人物を1人も漏らさず読み取ることですが、このうち@は通常容易ですが、Aについては親族・相続法を定める民法の知識が必須でありまして、しかも古い相続の案件になりますと現行民法のみならず旧民法や応急措置法についての知識も要求されるため、相続人の確定がなかなか難しい事件も多いのが現実です。
 そんなわけで、ちょっと難しくて比較的間違いやすい相続について、簡単ながらご紹介します。

☆ 養子縁組と代襲相続
 まず、養子縁組とは、簡単にいえば、自然の血縁関係はないが、法律上の血縁関係を生じさせる行為のことをいうわけでして、縁組により養子となった者は養親の嫡出子の身分を取得するとされています(民法809条)。 要は、法律上、血縁関係のある実子と同じ扱いになるということです。
 つぎに、代襲相続とは、簡単に言えば、本来相続人になるであろう子や兄弟姉妹が被相続人よりも先に死亡等した場合に、その子の子(つまり孫)や兄弟姉妹の子(甥や姪)が死亡した者に代わって相続人になるということをいいます。
 さて、これら養子縁組と代襲相続が絡むような相続事件では、必ず注意しなければならない点があります。

民法第727条
 養子と養親及びその血族との間においては、養子縁組の日から、血族間におけるのと同一の親族関係を生ずる。

民法第887条2項但書
 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。

 まず、民法727条は養子縁組の効果を規定しているのですが、要は養子は縁組した日以降において養親や養親の血族(祖父母等)との間に法定の血族関係が生じるということです。これをもう少し進めて言いいますと、養親との縁組前に養子が子を儲けていた場合、その養子の子と養親との間には法定の血族関係は生じないことになります。つまり、祖父と孫の関係にはならないということです。この点、現行民法のみならず旧民法においても一貫して同じ扱いになっています。

 次に、民法887条2項は、被相続人の子の代襲相続について規定しているのですが、その但書において、被相続人の直系卑属でない者は代襲相続人になれないと規定しています。直系卑属とは、要は祖父母、父母、孫のような縦の血族関係における下位の者をいいます。よって、祖父母と直系の血族(直系卑属)関係にない者は、その父母を代襲して相続人になれないということになります。

 さて、以上をとりあえず纏めると、養親(被相続人)との養子縁組前に生まれた養子(被代襲者)の子は、養親の相続において養子を代襲して相続することはできない、ということになります。養親との養子縁組前に生まれた養子の子は、養親との間に法定の血族関係が生じない、つまり直系卑属にはならないからです。
 反対に、縁組後に生まれた養子の子は民法727条により当然に養親(祖父母)との間に法定血族関係を生じますので、結果、養子を代襲して養親の代襲相続人になれます。

 ところが、このような事案には、大きな例外(落とし穴)があります。それは、養子が養親と養子縁組をする前に、養親の実子との間に子を儲けているような場合です。この場合は、その子は養親の実子の実子なので、養親との間に自然の血族関係がある直系卑属に該当するからです。これは、例えば、被相続人Aの実子Bは、Cと婚姻し、子Dを儲けた後に、CがAと縁組したような場合です。確かにAとCとの関係では、Dは縁組前の子であるからAとDの間には法定血族関係が生じないように見えますが、Dの他方の親Bとの関係では紛れもない直系の自然血族関係があるので、結果、被相続人Aよりも先に養子Cが死亡していた場合は、Cの子DがCを代襲して相続人になるのです。(参照先例:昭和26年12月15日民事甲2347号、昭和35年8月5日民事甲1997号回答等々)

 以上が、養子縁組と代襲相続における基本的な注意事項です。一見同じような立場に見えても、殊、代襲相続に関しては、養子の子の生まれた時期が養子と養親の縁組の前後いずれかによって結論が異なるというちょっと特殊な考え方があるというわけです。

 それでは、さらに発展した問題として、次のような場合はどうでしょうか?
@ 先の事例で、BもAの養子であった場合
A また、AにはB、C以外にも養子がいて、その養子とDが養子縁組をしていた場合
B さらに、AとB又はCが実兄弟姉妹であった場合

 先にご紹介しました基本的な考え方が理解できていれば解けると思いますが、もう、こうなったら専門家司法書士に相談しましょう。


 生命保険金と遺産分割(2013年7月2日)

 最高裁昭和40年2月2日判決は、
「生命保険の被保険者死亡の場合の保険金受取人として特定の相続人が指定されているときは、特段の事情のないかぎり、当該保険契約は、被保険者死亡の時におけるその相続人を受取人として特に指定したいわゆる「他人のための保険契約」と解するのが相当であるから、当該保険契約に基づく保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に、その相続人の固有財産となり、被保険者の遺産より離脱しているものと解すべきである。」
との趣旨の判断をしています。
 要は、原則として、生命保険金は受取人に指定された相続人の固有財産であって、被相続人の遺産を構成しないので相続の対象とならない、ひいては遺産分割の対象外である、ということになりそうです。
 そうすると、生命保険金は莫大な額である一方、残った遺産は少ないような場合、相続人間の不公平感は拭えないのが通常です。

 ところが、その後、最高裁は平成16年10月29日決定で、要旨次のように述べています。
「被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。」
 これは、要は、保険金の額やその遺産に対する比率等の事情によっては、いわゆる特別受益として遺産に持ち戻すことができる、ということであり、よって生命保険金の額も合わせて(計算して)遺産分割をすべきということになりそうです。

 もっとも、仮に特別の事情があるため生命保険金額を特別受益として遺産に持ち戻したとしても、保険金額に対して遺産が極端に少ない場合は、結局、不公平なままとなる場合もあるでしょう。特別受益については、超過受益(本来の相続分をオーバーする特別受益分)については、返還まではする必要はないとされているからです。例えば、相続人が子Aと子Bだけで、Aは生命保険金1億円を受け取っており、残りの遺産は1000万円だけだったとすると、AとBの相続分は各5500万円になるため、Bは遺産全部を取得しても4500万円足らず、一方Aは4500万円多く貰っていることになりますが、この場合、Aは4500万円をBに対して返還する必要はないということです。相続分の計算上は生命保険金もいったん遺産に戻して計算するが、その結果、現実に財産を貰いすぎていたとしても、それを遺産に返還することまでは要求されないということです。
 もっとも、超過受益が他の相続人の遺留分を侵害する場合は、遺留分減殺請求の対象となりそうです。
 しかし、最高裁平成14年11月5日判決は、「自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできない。」として、遺留分減殺請求権の行使を制限していますので、この判断はなかなか難しそうです。  


 遺産分割協議の解除は可能か?(2013年6月27日)

(仮想事例)
 被相続人Aの死亡に伴い、その相続人である妻B、長男C、二男Dは遺産分割の協議を行った結果、妻B(C、Dからみれば母)と同居して老後の面倒を看ることを条件に長男CがAの遺産を全て取得することで協議が成立した。ところが、遺産を取得して間もなく、長男Cは、母Bの面倒を看ることをしなくなり、挙句母BをAの遺産である家から追い出してしまったので、やむなく二男Dが母Bを引き取り一緒に暮らしている。二男Dとしては、長男Cは、遺産分割において父Aの遺産全部を取得することの条件に違反し、負担すべき義務を守っていないことになるのであるから、遺産分割協議を解除してやり直すべきと考えているが、それは可能か?

 上記事例のような場合について、最高裁判所の判例では次のように述べ、遺産分割協議における負担義務の不履行を理由には、遺産分割協議を一方的に解除することはできないとしています。

最高裁判所第一小法廷平成1年2月9日判決
 「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法541条によつて右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。けだし、遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」

 要は、一旦適法に成立した遺産分割協議について、相続人間の約束違反を理由に解除し元の状態に戻すようなことは、著しく法的安定性を害するので不適当であるということでしょうか。上記の事例でいえば、長男Cが取得した遺産である土地を第三者であるEに売り渡した後に遺産分割協議の解除を認めると、事情を知らずに代金を支払って土地を取得したEの利益を害することになるからということでしょう。
 
 もっとも、相続人全員の合意があれば、遺産分割協議を解除して、再度の協議をすることは可能と解されています(最高裁昭和62年1月22日判決、同平成2年9月27日判決)ので、事例の場合、長男Cが合意解除に応じれば遺産の再分割協議は可能となるでしょう。  


 遺言書の隠匿と遺留分減殺請求権の行使期限(2013年4月16日)

 民法は、遺留分減殺請求権の行使期限について、次のとおり規定しています。

(減殺請求権の期間の制限)
第1042条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。

 この規定に関する通説・判例の解釈では、前段の1年は時効期間であり、後段の10年は除斥期間であるとされています。この除斥期間につては、時効期間のように中断を認めないのが原則的な考え方です。
 そうすると、遺留分減殺請求権は、長くても相続開始から10年が経過した場合は、もはや行使できなくなります。
 そこで、思い付くのが、「だったら自分に有利な遺言書(例えば遺産全部を○○に相続させる旨の遺言書)がある場合は、それを知った他の相続人から遺留分減殺請求がなされる可能性があるので、遺留分減殺請求の行使期限(10年)が経過するまで遺産分割もせずに誤魔化し誤魔化しで遺言書を隠しておき、期限が経過したら遺言書の存在を明らかにして遺言を執行すればいいんじゃないか?」という企みです。
 さて、理屈の上では兎も角、これって如何にも不当に感じますがどうなんでしょうか?
 学説では、権利の濫用、信義則違反などと主張されたりしているようです。
 一方、最高裁判例(平成1年12月21日第一小判)は、基本的に除斥期間の経過を主張することは権利の濫用や信義則違反にはならないとしているようです。
 ところで、民法第891条第5号は、「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者」は相続人になれない(相続権がない)、と規定しています。そうすると、上記の思い付きのような行為をすると、相続欠格(隠匿)に該当し、遺産を相続できなくなる可能性があります(昭和45年3月17日東京高裁判決)。もちろん遺贈であっても同様です(民法第965条)。もっとも、平成9年1月28日最高裁判決が「相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったとき」は相続欠格に当たらないとしている関係で、「遺留分減殺請求を阻止する目的で自分に有利な遺言書を隠匿した場合」がどのように判断されるかは、ちょっと興味深いところですが。
 以上のように検討してみると、上記のような方法は、やっぱりちょっと不当な方法だし、リスキーなので、思い付いても止めておいた方がいいのでしょう。
 因みに、誰かの故意ではなく、単に発見されないまま10年が経過した後に遺言書が見つかった場合はどうでしょうか?この場合は、単純に除斥期間の経過によりもはや遺留分減殺請求権の行使はできないことになるように思います。  


 遺産が土地1筆しかない場合の遺産分割(2013年4月8日)

 今回は、割とあるんじゃないかと思われる相続に関する事例の検討です。

(仮想事例)
 被相続人Aが死亡し相続が開始しました。相続人は子であるBとCの2名のみです。Aの遺産はというと土地1筆(甲土地)しかなく預貯金等は一切ありません。しかも、甲土地の上にはAの生前にその承諾を得てCが自分名義の建物を建てています。なお、CはAに地代等は支払っていません。また、Bは自分の正当な相続分については主張すると述べています。今回、この甲土地について、BとCで遺産分割をしようと思うのですが、どのようにすればいいのでしょうか?

(検討)
 遺産(今回は土地)の分割方法といえば、@現物分割、A代償分割、B換価分割の3つの方法がありますが、簡単にいうと、@は遺産そのものを相続分に応じてぶつ切りする方法、Aは遺産を特定の相続人に取得させる代わりに取得する相続人が取得しない相続人に対し相続分相当の金銭を支払う方法、Bは遺産を売却してを金銭に換えてから各相続人の相続分に応じて配当する方法、といった感じになります。
 さて、事例を考えてみますと、まず@の方法は、甲土地の上にはすでにCが建物を建てているので、この甲土地を2つに分筆して分けるとするとCはBの土地上にも建物を建てていることになるので、法律関係が複雑になり将来に紛争の種を残すだけなので根本的な解決方法ではありません。
 次に、Bの方法はというと、甲土地を売り払って金銭に換えて、BとCで半分ずつ分けることになるのですが、この方法も、甲土地の所有者がCでなくなる可能性があるのでCとしては不都合であり、また現実的に地上に他人の建物がある土地は市場性があまりないのでなかなか売れない可能性があり、あまりいい方法ではありません。
 そうすると、最後にAの方法ですが、この方法ですと、Cが甲土地を単独で取得する代わりにCはBに対してその相続分相当(つまり甲土地の価格の半分相当)の金銭を支払うということで合意ができれば、Cとしては土地と建物が両方自己の所有に帰することになるので将来の憂いもありませんし、Bとしてもあまり市場性のない土地を簡単に換価できて相応の金銭を取得できることになるので、一番いい方法のようにも思えます。仮にこの方法にBが応じなくて家庭裁判所の審判に委ねられたとしても、事例の場合は裁判所もまずこの方法を優先的に考えてくれるのではないでしょうか。
 ところが、Aの方法を採るにしても、幾つか検討しなければならない点があります。
 まず、CにBの相続分に相当する金銭の支払い能力が無い場合は、Aの方法は採れません。
 また、甲土地の時価の算定方法も、上にCの建物が建っている関係で、更地評価なのか、使用貸借権付きなので減価するのかという難しい論点があります。
 それから、Cは現在まで無償で甲土地を使用してきたのであり、これはAから利益を得ているのであるから、Cの特別受益として相続分算定の上で考慮すべきであるとすれば、Bへの代償金を算定するうえで特別受益の計算が必要になるでしょう。
 さらに、幸いいずれの問題もクリアできて代償分割による遺産分割の合意ができた場合、Cは成立した遺産分割の協議書(調停調書、審判書)をもってすぐに相続登記ができるのでいいのですが、Bとしては印鑑と引換えに代償金を受け取るのでないならば、きちんと代償金の支払いが担保できるような措置を考えておかねばならないでしょう(後に代償金の支払いが無いからといって遺産分割協議を破棄することはできませんので要注意です)。
 
 以上のように検討してみると、もしCが経済的にある程度余裕のある人物でないならば、甲土地の評価額にもよりますが、事例の遺産分割を処理するのはなかなかハードかもしれません。
 AがCに甲土地を生前贈与するか、Cに相続させる遺言を残していれば、Cの負担はもっと軽いもので済むのでしょうから(Bから遺留分減殺請求をされる可能性が高いですが、その場合は価額弁償をして甲土地の価額の4分の1相当の金銭をBに支払えば甲土地は単独で取得でききるでしょう。)、事例のような場合は、Aとしては生前に後々のことをちょっと考えてあげた方がよかったでしょう。


 遺言書はいつ書くか?(2013年4月6日)

 司法書士の専門業務である相続登記の手続をしていると、「遺言書さえあればなぁ・・・」と思うことがしばしばあります。反対に、「(内容が不適切という意味で)この遺言書がなければなぁ・・・」と思うことも稀にあったりしますが・・・。
 以前、遺言書を書いたほうがいいケースについては少し書かせていただいたと思いますが、そういったケースに該当する場合は是非遺言書を書かれることをお勧めします。
 ところで、遺言書を書いた方がいい場合については割と理論的で理解し易いところですが、では、「いつ書くべきか」についてはなかなか法律論云々の話ではない個人の気持ちに因るところが大きいため難しいところです。
 最近、「いつやるか?」「今でしょ!」みたいなフレーズが話題になっているようなので、今回は、遺言書を「いつ書くべきか」について、書く切っ掛けとなるような事情をちょっと考えてみました(あくまで個人的な感想です)。

@ ある程度の財産を持ったとき(マイホームを買った等)
A 家族に書いてと頼まれたとき(本人より家族の方が将来を意識している?)
B 年齢的に病気等が多くなり死亡のリスクが高まってきたとき(60歳が目安か?)
C 遺産を特に渡したい人物が現れたとき(高齢で再婚した、跡継ぎが決まった等)
D 余命宣告があったとき(まだ遺言書が書ける状態ならば・・・)
E 同年代の知り合いが遺言書に関する話をし出したとき(遺言ブームの連鎖?)

 他にもいろいろな書く切っ掛けとなる事情があることでしょう。
 ところが、いざこれらのような事情に至ってもなかなか書く気になれないのが人間でしょう。だって、自分が死ぬことを前提とするものなんて作りたくないし、まだ作らなくても大丈夫だろうと思ってしまいますもん。でも、人間いつ何が起こるか分かりません。起こったときには、残された家族が遺産について争い、困惑し、放置してしまうかもしれません。
 遺言書を書いた方がいいと思われるような場合で、そろそろ時期が来たかなと思われた際は、一度試しに司法書士等の専門家に相談してみましょう。


 遺産は要らないが特定の土地だけは欲しい(2013年3月27日)

 遺産争いに巻き込まれるのは御免被りたいが財産の中のある特定の土地だけはどうしても取得する必要がある場合、どのような対処法があるでしょうか?というのが今回のお題です。

(仮想事例)
 高齢のAは、財産として1億円ほど有している。将来相続人となる予定の者は、Aの子であるB、C、Dの3名である。Dは、A所有の甲土地(時価1000万円)の上にAの承諾を得て自分名義の建物を建てて妻子と共に暮らしている。BとCは、常々非常に仲が悪く、将来Aが死亡して相続が開始した際には熾烈な遺産争いをすることは目に見えている。Dとしては、A死後の遺産争いに巻き込まれるのは御免であり、遺産は基本的に放棄したいと考えているが、ただ自分所有の建物の敷地である甲土地については、自分が取得したいと考えている。また、Dのこの考えについてはAも賛成していおり、他の遺産についてはBとCが2人で話し合って解決すればいいと考えている。
 さて、AとDは、どのような対策を採ればいいのであろうか?

方法1(生前贈与+相続放棄)
 甲土地につき、AからDに生前贈与し、相続開始後、Dは相続放棄をする。

方法2(遺贈+相続放棄)
 Aが、甲土地についてDに遺贈する旨の特定遺贈の遺言を作成し、相続開始後、Dは相続放棄をする。

 方法1は普通に思い付きそうな方法であり、方法2は「相続放棄しても受遺者たる地位に影響はない」という点を考慮したややテクニカルな方法という感じがします。
 基本的にどちらの方法でも最終的な甲土地取得の実現は可能なように思えますが、将来の遺留分侵害の可能性を心配するならまず方法1を考えるべきでしょうし(理由は過去記事2013年2月27日をご参照下さい)、その他としては手続費用や税金を考慮しつつ方針を決定することになるのでしょうか。
 あまり細かい所までは突っ込みませんが、昨今の遺言実務の世界では、相続人に対して遺産を渡すための遺言については、いわゆる「相続させる」遺言が一般的に根付いていますが、相続人に対してわざわざ「遺贈する」という遺言も意味を成す場合もあるという点が、今回の注目点だと思います。
 ただし、遺贈をする場合は、遺言執行者の指定や他の相続人の遺留分についても配慮した遺言を作っておくべきでしょうし、Aが高齢で遺言能力を疑われるような場合は、念のため紛争の予防線(医師の診断書を取っておく、遺言時の状況を録画・録音しておく等)を張っておくべきでしょう。
 なお、プラスの財産の他に多少なりとも負債がある場合にも上記各方法は使えるかと思います。ただし、財産より負債の方が多い債務超過の場合はちょっと使えないでしょう。


 生前贈与が多額の場合は相続放棄をした方が特か?(2013年2月27日)

 祝・100記事達成!ということで今回は遺留分減殺請求対策みたいなお話です。

 民法903条1項は次のように規定してます。

(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

 端的に言うと、被相続人から遺言による贈与や生前に贈与を受けた相続人の相続分については一旦贈与分を遺産に戻してから再配分し、受けた贈与分をその相続人の相続分から差し引いて相続人間の衡平をはかるということです。これを「特別受益の持ち戻し」といいます。
 そして、民法1044条により、この民法903条1項の規定は遺留分に準用されています。遺留分とは以前にもお話しましたとおり、法定相続人(配偶者、子(代襲者含む)、直系尊属)に対し保障された遺産の一定割合を相続できる権利のことです。そして、この遺留分が侵害された相続人は、侵害者に対し、侵害遺留分相当額を相続人に戻すよう請求できます。この請求権を遺留分減殺請求権といいます。
 
 さて、民法903条が遺留分制度に準用されるとなると、遺留分の計算において次のようなことが問題として起こってきます。

(仮想事例)
 被相続人Aは、遺産として評価額合計500万円の土地と建物だけを残して死亡しました。相続人は、子であるBとCです。そこで相続開始からまだ2か月しか経っていませんが、BとCは遺産の分割の話合いをすることになりました。ところが、ここで、CはAの死亡する10年くらい前にAから合計3000万円の生前贈与を受けていることが発覚しました。10年くらい前のAは、資産を1億円ぐらい持っており羽振りが良かったからです。この場合、Bの遺留分を計算すると、
 (500万円+3000万円)×1/2×1/2=875万円 となります。
 よって、仮にBが遺産である土地・建物を相続しても、まだ375万円分について、遺留分を侵害されていることになります。
 この事実を知ったBは、Cに対し、「土地と建物は自分が相続するのはもちろんだが、さらに遺留分侵害分として375万円を自分に支払え」と主張しました。
 Cは、Aから生前贈与された3000万円については、既に住宅取得費用として使っており、Bに375万円も支払う余力はありません。Cは、どうすればいいのでしょうか?
 
 この問題でのポイントは、相続開始から2か月経過の時点であること、生前贈与の時期が相続開始から10年前であること、そして民法903条の「共同相続人中に」という文言です。
 まず、民法903条ですが、条文では「共同相続人中に」と規定されています。つまり、「相続人が」特別受益を受けている場合は、それを持ち戻して相続分延いては遺留分を計算せよ、と言っているのです。そうすると、特別受益を受けている者が相続人でなくなれば、この持ち戻し計算はしなくていいことになります。
 そこで、相続人ではなくなるためにはどうすればいいかですが、まず浮かぶのが相続放棄です。上記例の場合、幸いまだ相続開始から2か月しか経っていませんから、容易に相続放棄ができそうです。したがって、Cは相続放棄さえすれば相続人でなくなりますから、Aから受けた生前贈与3000万円については遺産に持ち戻ししなくてもよいことになります。
 次に、生前贈与の時期についてですが、まず、遺留分減殺の対象となる生前贈与について、民法1030条は次のように規定しています。

第1030条 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。

 要するに、遺留分算定の際に考慮する生前贈与は、@相続開始前1年間にされたものとA他の相続人の遺留分を侵害することを知ってなされた1年より前にされたもの、の2種類であるということです。ただし、上記のとおり、特別受益に該当する贈与については、時期を問わず遺留分算定の際に持ち戻して計算するとしているわけです。
 そうすると、上記事例の10年前の生前贈与については、@には該当しませんし、Aについても当時はAは十分な財産を持っていたのでAC間にはBの遺留分を害する意思はなかったと思われますので該当しません。そして、先のとおりCは相続放棄をして相続人ではないので特別受益として持ち戻す必要もありません。
 
 以上から、上記事例のCとしては、熟慮期間内に相続放棄さえすれば、Bに対する遺留分侵害は無くなりますし、Bは土地・建物を単独で相続もできますので、結果としてCはBに対し遺留分侵害を理由に375万円を支払う必要はなくなることになります。もちろん、相続放棄する以上、Cは遺産である土地・建物を相続することはできません。
 Bの立場からすれば、金額的にみて不公平であり納得できないかもしれませんが、相続実務的にはこのように解釈するのが一般的なのです。

 長々と書いたので話の辻褄が合っているか心配ですが、こんなわけなので、もし上記事例のように生前に多額の贈与を受けた結果他の相続人の遺留分を侵害しているような相続に遭遇した場合は、ちょっと注意して、場合によっては早々に相続放棄について検討してみるべきかもしれません。


 内縁配偶者と相続(2013年2月21日)

 法律上の婚姻関係にある配偶者には相続権が有りますが、事実上の婚姻関係(いわゆる内縁関係)にある配偶者には、法律上は相続権がありません。したがって、内縁関係にある一方の配偶者が死亡した場合、他方の配偶者は遺産を相続することはできず、死亡した者に子がある場合はその子が、子が無い場合は親が、親が無い場合は兄弟姉妹が遺産を相続することになります。
 しかし、法律上の婚姻関係にない場合であっても、事実上夫婦同然の生活を長年に亘って営んできたのであれば、内縁夫婦間の財産については、財産の名義等に拘わらず夫婦共同で築き上げた財産である、つまり実質は夫婦の共有財産であるといえる場合もあるでしょう。それにも拘らず、法律上の婚姻関係にないだけの理由で、遺産について一切の権利が無いとするのは些か不合理であると感じられます。
 そんなわけで、確かに法律上は相続権は無いが、遺産については実質的には内縁夫婦の共有財産であり、遺産の一部は生存内縁配偶者の財産である、と主張する見解があったりします。夫婦間の財産の実質的な権利関係を考えてみれば妥当な考え方だと思います。
 この見解に従えば、残った内縁配偶者は、内縁の夫婦だから相続権は無いとすぐに諦める必要は無く、遺産たる不動産や預貯金について自らの共有持分を主張して(場合によっては調停や訴訟を提起して)、将来の生活の糧となる財産の確保を図っていけることになるのでしょう。
 なお、死亡した内縁配偶者に相続人が一切存在しない場合は、特別縁故者への財産分与の制度(民法958条の3)により、残った内縁配偶者が財産の分与を受けられる場合がありますので、そちらも検討することになります。


 「相続分なきことの証明書」の注意点(2012年12月16日)

 司法書士のメイン業務である不動産登記業務の中でもとりわけよく取り扱う登記業務として、相続に関する登記があります。この相続登記の申請手続においては、「相続分なきことの証明書(特別受益証明書、相続分不存在証明書)」という書面を作成して法務局に相続登記申請の添付書面として提出することが昔からよく行われてきました。現在でも普通に作成・使用されているケースがあります。
 さて、この「相続分なきことの証明書」ですが、どういう書面かというと、ある相続における相続人が作成する、「私は生前に被相続人から生前贈与や遺贈(遺言による贈与)を受け、私の相続分以上の財産を既に貰っていますので、今回の相続において私の相続分はもはや存在しません。」という内容を記載した書面のことをいいます。つまり、「もう十分に財産を貰っているから私は今回遺産を相続しません」ということをその相続人自身に書面で証明させたものが「相続分なきことの証明書」というものなのです。
 そして、この「相続分なきことの証明書」を相続登記申請の際に一緒に提出させることにより、その証明書を作成した相続人についてはもはや相続分は存在しないのだから今回の相続関係からはその相続人は除外して登記手続をしても問題ないよね、ということで登記が処理されることになります。
 そんなわけで、遺産たる不動産を要らないと言っている相続人を除外して相続登記手続をするうえでは、この「相続分なきことの証明書」は非常に便利であり、この証明書があればわざわざ相続人間で遺産分割協議をしなくても特定の相続人だけに遺産たる不動産を相続させることができることになります。
 ところが、簡便に相続登記手続ができるからといって、この「相続分なきことの証明書」を濫用すると時々トラブルが生じることがあります。どういうトラブルかというと、遺産分割を省いて簡単に相続登記を完了させるために、実際には生前贈与や遺贈で遺産なんか貰っていない相続人に「相続分なきことの証明書」を作成させて相続登記を完了させてしまったところ、後になってその相続人から「あの証明書は無理やり又は騙されて書かされた虚偽の内容の書面なんだから無効であり、よってその書面によりなされた相続登記も無効なものであるから、改めて遺産分割を請求する」との主張をされるというものです。
 このような後日の主張に対しては、その証明書が作成された経緯からみて相続人自身が内容を理解して自らの意思で作成したのであれば実質的には遺産分割が成立したのと同じだから相続登記は有効であるとする裁判例が幾つかありますが、他方、何らかの理由で真意に基づかずに、又は一時的な便宜上で作成した場合は無効とする裁判例もあったりします。
 紛争になるならないは兎も角、いずれにしても、例え便利であっても虚偽の内容の文書を作成して手続きをするということは、後々の災いを招くだけであり厳に慎むべきでしょう。実際に相続分以上の生前贈与等があったのであれば「相続分なきことの証明書」を作成することに何ら問題ありませんが、全くそんな事実は無かった或いはあったけど相続分に相当するほどの贈与等ではなかったような場合は、手抜きをせずにきっちり遺産分割を成立させておくべきでしょう。曖昧な場合も、通常の遺産分割をしておいた方が無難でしょう。
 因み、私は司法書士を始めて7年くらいですが、この「相続分なきことの証明書」については一度も作成・利用したことはありません。以前の登記実務とは異なり、最近はあまり利用されなくなってきているのではないかと思います。だって、自分が相続分以上の財産を受け取っていることを確実に把握している相続人の方はそんなにはいないでしょうから。まぁ、遺産が100万円しかなくて生前に1億円の贈与を受けたというような場合なら間違いないですが・・・。


 相続人多数の遺産分割対処法〜相続分譲渡の利用〜(2012年12月15日)

 相続分の譲渡とは、相続人の有する「遺産全体(積極財産と消極財産を含む)に対する包括的な持分ないし法律上の地位を有償又は無償にて譲り渡すこと」をいいます。譲受人は、他の共同相続人でも全くの他人でも可能です。譲受人は、譲渡人に代わって遺産分割の当事者になります。反対に、譲渡人は遺産分割の当事者から離脱します。他の共同相続人が譲り受けた場合は、譲り受けた相続人の相続分がその分増加します。なお、他の共同相続人以外の第三者に相続分が譲渡された場合は、他の共同相続人は相続分の取戻しができます(民法905条)。
 さて、相続人が多数存在する場合の遺産分割は、相続人の数だけ意見があるわけで、諸々の事情により相続人間で揉めたりして解決までに時間が掛かりがちですが、この相続分の譲渡の制度、そのような相続人が多数で遺産分割で揉めているような場合に結構利用されます。
 以下、簡単な事例でご説明します。

(事例)
・被相続人Xが死亡し相続が開始した。
・遺産は甲土地とその上に立っている乙建物のみである。
・相続人は妻YとXY間の子A,B,C,Dと先死亡した子Eの子であるF,G,Hの合計8名である。
・乙建物には、妻Yと子Aが同居している。
・各相続人の相続分は妻Yが2分の1、子A,B,C,Dが10分の1、F,G,Hが30分の1である。
・遺産分割に対する各相続人の意見としては、DとH以外の相続人はAがYと同居して面倒を見てくれるならばAが遺産である甲土地と乙建物を取得すればいいと考えているが、Dは不動産に興味は無いが代わりに自分の相続分より過大な金銭を要求しており、Hは全く取り合おうとしない。
・遺産分割の協議を始めてからすでに長期間が経過しているが一向に纏まる気配が無い。


 上記のような場合、遺産分割を成立させるためには相続人全員の合意が必要ですが、8名全員の合意を一時期に取り付けるのはなかなか大変です。また、既に合意している相続人については、生存・健康状態や意思が変らないうちに何らかの証を取得しておきたいところです。そんなときに使えるのが相続分の譲渡です。上記事例の場合ですと、DとH以外の相続人は現時点でAが遺産たる不動産を取得することに同意しているわけですから、同意している相続人全員から各相続分全部を有償又は無償で譲渡してもらうのです。そうすると、DとH以外の相続人の相続分は30分の23であり、これとAの相続分を併せるとAは合計30分の26の相続分を有することになります。後は、Aはこの30分の26の相続分を有する相続人として、残る相続人D及びHとじっくり交渉していけばいいので、Aは相続分や交渉相手の人数の点で断然有利になります。それでも遺産分割の協議が纏まらないのであれば、遺産分割の調停や審判を家庭裁判所に申し立てて、裁判所での解決を目指すことになりますが、最低でもDとHの相続分相当(遺産の30分の4相当)の代償金をAが支払えるのであれば、代償金の支払いを条件にAが本件不動産を取得できる可能性は十分あるのではないかと考えられます。
 
 相続分の譲渡の方式については、通常、相続分譲渡契約書や相続分譲渡証書といった書類を作成し、当該書類に譲渡する相続人に署名捺印(実印)を貰い、印鑑証明書も添付してもらいます。なお、この相続分譲渡契約書等の書類と印鑑証明書は、以後採り得る諸々の遺産分割手続を想定して複数通取得しておくと尚良いでしょう。

 以上、相続分譲渡を利用した遺産分割対処法のお話でした。相続人が多数に上り、一部の相続人の反対により遺産分割が長期に亘って纏まらないような場合は、一度、相続分の譲渡による善後策を考えてみてもいいかも知れません。


 負の遺産と遺産分割(2012年10月22日)

 遺産というと、何もプラスの遺産(これを「積極遺産」という)だけをいうのではなく、マイナスの財産(これを「消極遺産」という)も含まれるのであり、通常、遺産を相続する場合は、積極遺産だけでなく消極遺産、つまり借金等の負債も一緒に相続しなければなりません。都合よく、プラスの遺産だけ貰うというわけにはいかないのです。
 ところで、財産を有する被相続人について相続が開始し、遺言も無く、その相続人が複数いる場合、通常、何らかの方法で遺産を処理することになります。そして、その処理方法の中でも、最も多く利用されるのが遺産分割協議ではないかと思われます。つまり、相続人間で話合い(話し合いが付かない場合は家庭裁判所で調停又は審判)によって遺産の分配方法を決めるわけです。
 さて、表題の問題ですが、遺産の中に借金等のマイナスの財産がある場合、当該消極遺産を特定の相続人に承継させる、つまり、負債を背負わせるような遺産分割ができるのかという問題です。例えば(設例は単なる仮想です)、甲が死亡し、遺産として時価1000万円の土地建物と借金1200万円があるところ、その相続人は子である乙丙丁の3名であるとします。そして、乙が当該土地建物に住みたいと主張したので、乙丙丁の3者で遺産分割協議をした結果、「乙が土地建物を相続する、その代わり借金1200万円も乙が承継し責任を持って返済する」という協議が成立し、土地建物の登記名義も乙に変更しました。ところが、1年ほど経った頃、乙が土地建物を他人に売却した挙句、借金も返さずに行方不明になりました。乙が承継するとした借金の債権者は、乙が行方不明なので代わりに丙丁が支払ってくれと迫ってきました。さて、丙丁は、「遺産分割で乙が借金も含めて全部相続したんだから我々は関係ない。」と言えるでしょうか?ということです。
 結論から言いますと、丙丁は、それぞれの相続分(各3分の1)に応じて、つまり、400万円ずつ債権者に返済しなければなりません。また、甲の約束違反を理由に土地建物を元に戻せと言うこともできません。以下、検討内容です。

1.民法
 第427条は、分割債権及び分割債務について、「数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。」としている。つまり、借金等の分割できる金銭債務は、原則として複数の相続人が各割合で分割して返済義務を負うことになる。

2.裁判例
(1) 昭和34年6月19日最高裁第二小法廷判決・昭和29年4月8日最高裁第一小法廷判決
 「債務者が死亡し、相続人が数人ある場合に、被相続人の金銭債務その他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解すべきである」
(2) 昭和37年4月13日東京高裁決定(要約)
 被相続人の負担していた消極財産たる金銭債務の如きは相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて分割承継されると解され、遺産分割によって分配できるものではない。
(3) 昭和31年10月9日大阪高裁決定(要約)
 被相続人の負債即ち相続債務は、それが可分のものであれば、相続開始と同時に、当然共同相続人にその相続分に応じて分割承継されるのであり、遺産分割の対象たる相続財産中には、相続債務は含まれない。
(4) 平成元年2月9日最高裁判所第一小法廷判決
 共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が右協議において負担した債務を履行しないときであっても、その債権を有する相続人は、民法541条によつて右協議を解除することができない。

3.まとめ
(1) 遺産分割において特定の相続人に相続債務を承継させる旨の合意は、相続人間においては有効であるが、当該合意は債権者を拘束しない。内部的には有効であるが外部的には無効ということである。
(2) また、相続債務を約束どおり返済しなかったので債務不履行を理由に遺産分割協議を解除することもできない(平成元年2月9日最高裁判決参照)。また、本例のように、遺産たる不動産を既に第三者に売却処分している場合は、解除をもって当該第三者に対して対抗できない(民法545条1項但書)。

(対策)
 上記例のような場合で、遺産分割協議で遺産を承継しなかった相続人に負債についても承継させないためには、一般的に次のような対処をします。
(1) 遺産分割の際に、債権者との間でも免責的債務引受契約(特定の者が債務を引き受け他の者の債務を免除する契約)を締結することにより、債権者の承諾を得ておく。
(2) 遺産を一切相続しないのであれば、遺産分割をするのではなく、家庭裁判所に相続放棄の申述受理の申立て(詳しくは過去の記事を参照)をして、相続自体を放棄する。

 以上、負の遺産と遺産分割のお話でした。要は、遺産相続の際は、まずは負債の有無をよく調査することです。そして、負債がある場合、遺産は一切要らないならば速やかに家裁で相続放棄をすること、遺産を一部でも相続する場合は負債の承継について債権者の承諾を得ておくことです。勿論、大した負担にならないような少額の負債であれば、そこまでする必要がない場合もあるでしょう。ご参考まで。


 遺言は「方式」が重要です(2012年10月18日)

 遺言の方式は、民法で定められており、定められた方式に違反した遺言は基本的に無効とされます。従って、いくら気持ちの込められた良い遺言が作成されても方式違反で無効となっては意味がありませんので、遺言の作成方式は絶対に遵守しなければなりません。
 ところで、民法は、この遺言の方式を、基本として@自筆証書遺言、A公正証書遺言、B秘密証書遺言の3種類用意しており、加えて特別方式の遺言(民法976条から984条)も認めていますが、この中でもよく使われるのが@とAである。
 今回は、一番手軽で簡単、安上がりな@の自筆証書遺言(自筆遺言)の「方式」に関する基本事項について、ちょっとした雑談です。

 まず、 自筆遺言で遵守すべき最低限の方式は、@遺言者自身が、Aその全文、日付及び氏名を自書し、Bこれに印を押すこと、である(民法968条1項)。これらの方式が守られていない場合は、基本的に遺言は無効とされる。また、実は、遺言書の訂正(付け加え、削除、変更)についても民法で方式が定められており、「遺言者が、その場所を指示して、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」とされている(同条2項)。誤った訂正方法による訂正は、少なくとも訂正部分は無効となる可能性が高くなるのである(全体として読めなくなったりすると全部が無効となる可能性もある)。
 いずれにしても、法律で決められた方式が最低限守られていなければ、遺言書に記載した希望を満足に実現することはできなくなる虞が生じるのであるから要注意である。もっとも、遺言書の方式に関する有効・無効の解釈・判断の実際においては、判断に迷う微妙なケースも多々あるのであり、そのような場合について過去から現在に至るまで幾多の裁判例や実務例が存在している。よって、方式について疑念を生じるような遺言については、それら裁判例等も参照しながら有効・無効を判断していかなければならない。それから、厳密に言うと方式についてではないが、遺言書の文言についても、細心の注意を払わなければならないところである。文言の意味について複数の解釈が採れるような記載や遺産や遺産を渡したい相手方の特定が不十分な記載があっては、スムーズな遺言の執行ができず、遺言の実現に支障を生じることになりかねない。

 次に、これは自筆遺言に限らないが、「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。」とされている(民法975条)。いわゆる共同遺言の禁止であり、例えば夫婦が同じ用紙を使って連名でお互いへの遺言書を作るようなことは、基本的にやってはいけないのである。

 なお、遺言の効力は、言うまでもなく、遺言者の死亡時からその効力を生ずるのであるが、遺言に停止条件(ある条件が成立したら効力を発生させるということ)を付した場合は、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生ずるとされている。例えば、「○○が結婚したときは、金100万円を遺贈する。」といった具合である。この場合、遺言者の死亡前に結婚していれば、死亡と同時に無条件で100万円が貰えるし、遺言者の死亡後に結婚すれば、結婚した時に100万円が貰えるということになる。

 次に、遺言書の執行についてであるが、まず、自筆遺言については、「遺言書の保管者又は相続人は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。」とされている(民法1004条1項)。この点、公正証書遺言と大きく異なる(公正証書遺言の場合は、検認手続は不要であり、相続開始後すぐに遺言を執行できる。)。検認とは、遺言書の状態を確認・保存し、後日の偽造や変造を防止するための検証・証拠保全手続のことであり、その結果については、相続人全員に知らしめ、遺言の事実を全員で共有することになる(実務では、家裁に検認の申立てがなされると、相続人全員に検認期日の通知がなされ、出席者の立会いのもと、遺言書の検認が行われる。欠席者についても、結果の通知がなされる。よって、基本的に相続人全員が遺言の存在を知ることになる。)。もっとも、検認手続で確認されるのは、遺言があった事実とその状態であり、有効・無効までは判断されない(ただし、疑念(「例えば、これは父の筆跡ではない」)について、発言し、検認調書に記載してもらうことはできる。)。よって、遺言が実体法上有効か無効かについては、後日の裁判で争うことになる。
 また、「封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。」とされているから(同条3項)、封のしてある遺言書は、勝手に開けてはならならず、通常、先の検認の際に開封される。
 なお、検認手続を怠ったり、家庭裁判所外において遺言書を開封をした者は、5万円以下の過料に処せられる。また、過料以上に重大な不利益として、開封された遺言書についてはその信憑性が害されるのが通常であり、場合によっては、遺言書の改竄を疑われ、余計な紛争を招いた挙句、有効な遺言書が無効と判断される虞や、最悪、相続欠格(民法891条5号・相続資格がない)とされる虞すらある。よって、遺言書の裁判所外での開封は厳禁である。
 兎にも角にも、自筆遺言書については、どんなものでも勝手に判断せずに、とりあえず家庭裁判所に提出して検認をしてもらうことが無難なのである。

 次に、厳密には方式についてではないが、遺言の内容によっては、遺言の実現をしてもらう遺言執行者を指定しておくべきである(民法1006条)。遺言執行者が指定されていないと、遺言執行において相続人全員の協力が必要になってくる場合があり、協力が得られない場合は、あらためて家裁に遺言執行者の選任を申し立てなければならなくなるからである。紛争性がある遺言事件の場合、遺言執行者の選任に時間を取られている間に遺言執行の妨害行為がなされる可能性もあるので要注意である。

 次に、遺言の撤回である。遺言の撤回も、遺言の方式に従ってしなければならない(民法1022条)。また、複数の遺言を作成し、前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされる(民法1023条)。さらに、遺言と抵触する遺言後の生前処分その他の法律行為についても撤回が擬制され(同条2項)、また、遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされる。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様である(民法1024条)。 いずれにしても、遺言の撤回は、遺言の方式に従って明確に行っておくべきであり、いたずらに複数の遺言書を作成したりすることは余計な疑念や紛争を招くだけであり避けた方が無難であろう。

 最後に、これも方式に関する話ではないが、遺言書の保管について。自筆遺言の場合は、遺言者自身が作成して、遺言者自身が相続開始まで保管しておかなければならず、公正証書遺言のように公証役場で保管されたりはしない。したがって、自筆遺言は、最も秘密裏に遺言を作成できるが、最も保管が難しい(発見され難い)遺言であるといえる。よって、遺言者は、自筆遺言を作成した場合、遺言の効力が発生する(つまり自分が死亡する)まで、死後に発見され易い何らかの方法で遺言書を保管しなければならない。せっかく作った遺言も発見されなければ何の意味もないし、また、誤って破棄や紛失されたりしないような厳重な保管体制も必要であるから、自筆遺言の保管については十分な検討が必要である。最も確実な方法として銀行の貸金庫あたりが利用されたりする。

 以上、自筆遺言について、主に方式の点について、網羅してみました。
 こうして見ると、やはり遺言は厳格な要式行為(決まった方式でしないと効力が生じない行為)であるから、仮に遺言を自筆証書遺言方式で作成するならば、専門家にアドバイス(助言や添削)を受けながら作成した方がいいのでは、と思ってしまいます。遺言は、その効力が発生するのが遺言者が死亡した後(相続開始後)なので、その時に問題になってももはや修正しようがありませんので尚更です。


 遺産があるのに相続人がいない・・・相続財産管理制度(2012年10月11日)

 以前、不在者財産管理制度についてご紹介しましたが、今回は相続人が不存在の場合に利用できる相続財産管理制度についてご紹介します。

 相続財産管理の問題とは、例えば、Aさんが死亡し、相続が開始したが、相続人となる者(子、配偶者、父母、祖父母、孫、兄弟姉妹、甥姪)が誰もいない場合、Aさんの遺産(借金も含む)はどのように扱われるのかという問題です。人間、何も財産を残さずに死亡することはむしろ稀であって、殆どの場合何かしらの財産(極端な話、1円でも)を残しているものですが、そのように遺産があるにも拘らず、それを引継ぐ相続人がいない場合、そのままでは遺産が宙に浮いた状態になってしまいます。一方、亡くなった者について、生前から何かしらの利害関係を持っている者(例えば生前お金を貸していた債権者、生前に身の回りの世話をしていた遠い親戚)が存在することも通常想定されることであり、このような利害関係人は何とかして遺産に対して権利を行使したいと考えることもあるでしょう。そして、今後ますます無縁社会化するといわれる日本社会においては、このような問題は増加していくものと考えられます。
 以上のような、被相続人の遺産が存在するが、それを承継する相続人が存在しない、片や遺産に対して権利を行使したい被相続人の利害関係人が存在する、そんな場合に利用されるのが相続財産管理制度という制度なのです。
 さて、この相続財産管理制度、具体的にどういった制度なのかですが、簡単にいいますと「被相続人の遺産について、家庭裁判所で財産管理人を選任してもらい、当該管理人が遺産の清算を行う」というものです。以下、概要を記載します。

1.相続財産管理人の選任申立て(家審9T甲類32)
 まず、財産管理人を選任してもらうために、管轄の家庭裁判所に選任の申立てを行います。

(1) 要件:@相続の開始、A相続人が不明(不存在)、B遺産が存在する

(2) 管轄:相続開始地(通常、最後の住所地)の家庭裁判所

(3) 申立人
 @ 利害関係人
  □ 受遺者・遺言執行者(遺言により財産を譲り受けた者、遺言を執行する者)
  □ 債権者・担保権者(何らかの請求権を有する者、遺産に担保を設定している者)
  □ 債務者(何らかの債務を負っている者)
  □ 事務管理者(遺産の管理や葬儀等のために費用を支出した者等)
  □ 民法255条共有者(不動産等を被相続人と共有している者)
  □ 特別縁故者(民法958の3、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者)
  □ 国、地方公共団体、各種公団
  □ その他
 A 検察官

(4) 必要書類
 @ 被相続人の出生から死亡までの戸籍・除籍・原戸籍の謄本
 A 被相続人の住民票(本籍記載)又は戸籍の附票の除票
 B 被相続人の父母の出生から死亡までの戸籍・除籍・原戸籍の謄本
 C 被相続人の兄弟姉妹の出生から死亡までの戸籍・除籍・原戸籍の謄本 
 D その他死亡相続人の出生から死亡までの戸籍・除籍・原戸籍の謄本
 E 相続財産を証する書類(不動産登記事項証明書、預貯金通帳コピー・残高証明書等)
 F 利害関係を証する書面(申立人の利害関係を証明する書類等)
 G 候補者の戸籍謄本・住民票・身分証明書(財産管理人の候補者を家裁に推薦する場合)

(5) 手続費用
 @ 手数料収入印紙 800円
 A 予納郵券(裁判所に確認)
 B 公告費(裁判所に確認)
 C 予納管理費用・管理人報酬(必要に応じて)

(手続のポイント)
 @ 相続人の調査(被相続人の戸籍関係書類を基に入念に漏れなく調査すること)
 A 相続財産の調査(大方の財産を把握し財産目録を提出すること)
 B 申立人の利害関係の証明(申立の目的・正当性を明らかにすること)
 C 財産管理人の選任は家裁の裁量なので推薦した候補者が選ばれるとは限らない。

2.財産管理人の選任
 (1) 選任申し立てについて、書面照会や調査をして、選任要件が整っていれば、家庭裁判所が適任の財産管理人を選任する審判をする。
 (2) 財産管理人の選任公告がなされる(民法952U)。

3.財産管理人の職務
 (1) 相続人の捜索(捜索の公告)
 (2) 相続財産の管理(財産調査、財産目録の作成、財産の保存・利用・改良)
 (3) 相続財産の清算(債権者等への請求申出公告・催告、財産の処分、弁済、特別縁故者への財産分与、国庫への引継ぎ)

4.よくある事例
 (1) 被相続人の不動産を時効取得したため登記名義を変更したいが登記手続を行う相続人が存在しない場合
 (2) 身寄りがない被相続人の葬式を代わりに執り行ったので遺産から葬式費用等を償還してもらいたい場合
 (3) 相続人ではないが被相続人の生前に内縁関係にあり生計を同じくしていた配偶者が遺産を承継したい場合
 (4) 相続関係にない遠い親類縁者が生前に被相続人の療養看護に熱心に努めていたため遺産をいくらか分与してもらいたい場合

 ※ 第三者(個人)が単に遺産である不動産を買い受けたいだけの場合については、裁判所の判断が微妙なので、事前に相談等をしておくべきでしょう。

 司法書士は、裁判所に提出する書類の作成等を通して相続財産管理人選任申立てから財産の請求までの手続をサポートできますので、詳細についてはご相談下さい。


 最近の遺言無効判決から考えること(2012年8月20日)

 被相続人が生前に遺言書を作成していても、相続が開始し、いざ遺言の執行をする段になって「そんな遺言は無効だ!!」と遺言により不利益を受ける相続人から異議がでることも間々あります。これは自筆証書遺言(自分で作成する遺言)であると公正証書遺言(公証人に作成してもらう遺言)であるとを問わず起こりうる問題です。そして、実際の裁判において遺言書が無効であると判断されるケースも結構あります。最近ではかなり注意喚起がなされてきてはいるものの、公正証書遺言ですら遺言が無効であると判断される場合が以前からありました。
 ところで、上記のような遺言が無効であると判断されている裁判例を概観してみると、得てして高齢者の作成した遺言書が無効とされることが多いことが判ります。もっとも、人は誰しも健康で平穏に日々を過せている間は特段遺言書を作成しようなどとは思わないのが通常でしょうから、遺言書を作成するのが高齢に差し掛かったときとなるのはやむを得ない一般的な傾向なのであって、結果、遺言者の大多数が高齢者となるのは必然であり、この点からは裁判例の傾向は当然の結果として何ら疑問を感じません。問題はやはり高齢化に伴う遺言能力の低下というところにあるのでしょう。人間は高齢になると判断力や理解力が衰えてきますし、老齢や病気等が原因で認知症になったりもしますので、高齢者の作成する遺言ほど、遺言をするために必要な能力が備わっていない場合が多く生じてくるということです。そして、遺言能力が無いにも拘らず、外部的な要因(相続人の意思等)が加わって遺言書を作成させられるといったことが起こり得ることになり、その結果として、無効な遺言書が作成されてしまい、それに対して異議が生じ裁判になるというわけです。
 そんなわけで、より高齢な人が作成する遺言ほど相続時に有効無効を争われる可能性が高くなるということが一般論として言えるかもしれません。しかしながら、単に高齢だからという理由だけで遺言に必要な能力が無い若しくは衰えているとは言えないのも常識であり、現に90歳代でも遺言書作成のために必要な能力を十分に備えている方も多くおられます。ただ、より高齢な方の遺言ほど相続開始時に有効性を「疑われる可能性が高くなる」ということなのでしょう。
 そう考えてくると、やはり重要なのは「高齢時に作成した遺言ではあるが、作成時にはきちんと遺言の意味、内容、効力を理解できるだけの能力がありました」ということが、死後においても証明できるような準備を予めしておくということになってくるのでしょう。要はリスクマネジメントの問題なのです。
 そして、表題の「最近の遺言無効判決から考えること」ですが、特に高齢の方が作成する遺言の有効無効に関する紛争を防ぐためのポイントを、以下に5点ほど挙げてみます。

(1) 医師から詳細な診断書を作成してもらっておくこと。
・遺言をするにに必要な能力についてできるだけ詳細な診断書を作成してもらう。
・できれば精神科の専門医に依頼する。
・できれば遺言書作成の前後に診断してもらう。

(2) 分量が多く内容が複雑多岐に亘るような遺言はできるだけ避けること。
・複雑な遺言ほどきちんと理解して作成されたものかどうか疑われます(遺言は簡潔明瞭なものほど問題になりにくい)。

(3) 全ての相続人にできるだけ配慮をした遺言を作成する。
・相続人がある程度納得できる公平な内容の遺言(最低でも遺留分に配慮する)であれば異議が出る可能性が低くなるかもしれません。

(4) 危ういと感じるときは録音・録画・医師の立会も。
・遺言能力の有無が客観的に見て怪しまれるときは、後日の紛争に備えて客観的な証拠を残すために遺言時の状況を録音、録画しておくことも場合によっては必要かもしれません。
・可能であれば医師に立会ってもらうのも証拠上有益かもしれません(なお、成年被後見人が遺言者の場合は必須です)。

(5) 生前の関係性から考えて合理性が全く無いような遺言を避けること。
・生前における相続人等の関係者との交際の程度(同居、介護、看病、その他交流)からみて到底考えられないような内容の遺言については、その理由が明らかになるようにしておかないと有効性を疑われる原因になるかもしれません。

 兎にも角にも、遺言は遺言者が生前に作成しその死後に効力を発揮するものなので、遺言者は死後においてはもはや対処することはできません。遺言者において、生前に如何にして疑義の生じない遺言を準備しておくかが紛争防止のポイントになるのでしょう。遺言を書いたばっかりに余計な紛争を巻き起こしたのでは元も子もありませんからね。


 代襲相続と数次相続の違い(2012年7月11日)

 相続というのは人の死亡により当然の如く発生してしまいます。そして、その相続発生時の親族関係によって権利義務(財産・負債)の流れ(承継先)が決まってしまいます。そして、その流れが意に沿わない被相続人は、遺言や生前贈与、あるいは養子縁組等をして対処するということになるのでしょう。
 今回は相続に関するお話です。

 相続登記を含むおよそ相続に関する法律実務を行う場合、まず為すべきことは相続関係の確定作業です。亡くなった方(被相続人)の権利義務を承継する人(相続人)が誰々であるかを調べる作業のことです。相続関係が確定できなければ、本題の遺産分割の話合いなど到底できないからです(相続人を1人でも欠いてした遺産分割協議は無効です)。
 さて、上記の相続関係の確定作業において、比較的簡単な相続においても頻繁に登場する相続関係の1つに代襲相続と数次相続があります。簡単に言いますと、代襲相続とは、「被相続人の相続発生以前(死亡以前)に本来相続人になるはずであった子又は兄弟姉妹が死亡等により相続権を失っている場合にこれらの者の子が代わりに相続する場合」のことをいい、数次相続とは、「被相続人の相続発生後(死亡後)に続いて相続人である者に相続(死亡)が発生した場合」のことをいいます。
 具体例は次のとおりです。

(基本例)
被相続人A(平成20年7月7日死亡)    
 |                        
 |------------子C
 |
妻B

⇒ 相続人は、妻Bと子Cです。


(代襲相続の例)
被相続人A(平成20年7月7日死亡)    
 |                        
 |-------------子C(平成19年7月7日死亡)
 |               |
妻B             |------孫D
              |
            妻E

⇒ 相続人は、妻Bと孫Dです。孫Dが子Cに代わって相続します。


(数次相続の例)
被相続人A(平成20年7月7日死亡)    
 |                        
 |--------------子C(平成21年7月7日死亡)
 |               |
妻B             |------孫D
              |
              妻E

⇒ 相続人は、妻Bと亡子Cの子Dと妻Eです。いったん子Cが相続した権利を孫Dと妻Eが再度相続します(厳密に言いますと、DとEはAの相続人ではありませんが、結果として、Aの遺産についてB,D,Eで遺産分割の協議をしなければなりません)。

◎ 被相続人Aと子Cの死亡の先後により、Cの妻Eが相続関係者になるかどうかに違いが出てくるわけです。

 以上、相続においてよく生じる代襲相続と数次相続に関するお話でした。要は、複数の相続が発生しているような相続関係を考えるときは、相続発生の順番(死亡の順番)に気を付けましょうということです。


 死後の遺産紛争に備えたい(2012年4月6日)

 今回は事例検討式でご案内します。

Q,私も高齢になり、そろそろ財産関係も含めた身辺整理をしようと考えています。私の妻は既に亡く、相続人となり得るのは長男、二男の2名のみです。ところで、二男は20年くらい前に勝手に家を出ていき、その後は一切会っておらず何の交流もありません。一方、長男は、私や亡妻の面倒を看てくれ、家の切盛りや農業を手伝ってくれています。そこで、私は全財産を長男に相続させ、二男には一切財産を渡さないようにしようと考えていますが、その場合はどのような手続をすればいいのでしょうか?

A,上記のようなご相談事例を検討する場合、まずは@何も対処をしなかった場合、A生前行為(生前に効果が生じるという意味、以下同旨)で対処する場合、B死後手続(死後に効果が生じるという意味、以下同旨)で対処する場合という具合に場合分けをして考えてみましょう。

1、何も対処しなかった場合
 通常通り法定相続が発生し、長男、二男ともに法定相続分(各2分の1)に応じた財産を取得します。遺産を分割するには、長男、二男の2人で遺産分割の協議をしなければなりません。協議が整わない場合は、家庭裁判所に調停、審判の申立をします。
 よって、特に相続分に影響するような事情(特別受益、寄与分)がなければ、二男は自ら譲らない限り全遺産の2分の1を取得します。

2、生前行為で対処
 一般に、生前行為で対処する場合は、生前に全財産の一括贈与をするということになります。贈与者(父)と受贈者(長男)が贈与契約を締結し、無償で全財産を譲り渡します。
(1)メリット
 @ 自分(父)が生きている間(明確な意識のあるうち)に譲渡行為が完結できるため、気持ちの上で後憂がない(?)。
 A 子(長男)に財産状況を明確に把握させることができ、管理意識を持たせることができる(引継ぎが上手くできる?)。
(2)デメリット
 @ 生前において自分の財産が一切無くなってしまうことへの不安(財産を手にしたとたん長男が豹変し、自分を粗末に扱うかも等)が生じる。
   ※ 負担付贈与(面倒を看ることが条件の贈与)で対処できるかも?
 A 税負担が重い(贈与税、不動産取得税、登記の登録免許税等が相当高額で課税される)。
   ※ 但し、分割贈与をしたり相続時精算課税制度、農地贈与税の納税猶予制度等の税の軽減制度を利用することである程度の回避が可能
 B 農地の場合、農業委員会の許可が必要(農地法3条、5条)
   ※手続を専門家に依頼する場合は手続費用も発生する。
 C 贈与の所有権移転登記の前提として、地目変更登記や住所変更登記が必要な場合もある。
(3)手続
 @ 贈与契約書の作成
 A 農地について農業委員会の許可申請 → 許可を得る
 B 不動産の名義変更(贈与による所有権移転登記、未登記物件については表題登記・保存登記)
 C 各種税申告(軽減申請含む)

3、死後手続で対処
 通常、全財産を長男に相続させる旨の遺言(自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言)をすることになります。基本、公正証書遺言でする方が何かと無難(有効無効の紛争可能性が低い、検認不要なので他の相続人に相続発生を知られ難い等)なので、以下、公正証書遺言を念頭に置いて述べます。
(1)メリット
 @ 適式な遺言が作成されていれば、当該遺言の執行により、二男の意思に関係なく全遺産を長男が取得できる。
 A 生前は、自分の手元に財産を残しておける。
 B 生前に気が変われば、遺言の破棄、やり直しが可能。
 C 税負担が軽い(基本、相続税のみ(しかも多額の基礎控除あり)。登記の登録免許税も贈与よりかなり低額)。
 D 農業委員会の許可は不要(相続の場合)
 E 地目変更登記や住所変更登記等の余分な登記手続が不要(相続登記の場合)
(2)デメリット
 @ 本当に自分の意思に沿った内容が実現されるか自分が生きている間に確認できない(気持ちの不安?)。
 A 法に則った適切な方式でしなければならない(公証人に内容を伝えて作成してもらわねばならない)。
 B 要件が整った証人2人を用意しなければならない。
 C 原則公証役場に出向かなければならない。篠山市の場合、近くに公証役場が無い(近くて伊丹、尼崎、神戸)ので不便。)
 D 公正証書作成費用がかかる。
(3)手続
 @ 公正証書遺言の作成(文案作成、必要書類・証人2名準備、公証役場で行く)
 A 相続発生後、遺言の執行(不動産名義変更、預貯金払戻、有価証券変更届出、自動車名義変更等)
 B 各種税申告(相続税が発生する場合)

4.その他留意点
(1)遺留分減殺請求(民法1031条以下)
 遺留分とは、法定相続人(配偶者、子(代襲者含む)、直系尊属)に対し遺産の一定割合を相続することが保障される制度です。今回の場合、二男にも遺留分(割合では贈与財産も含めた全財産の4分の1)が保障されます。よって、相続発生後、二男が自分の遺留分が生前贈与又は遺言によって侵害されていることを発見した場合、二男は長男に自己の遺留分相当額を渡すよう請求することができます。これを遺留分減殺請求といいます。そして、この遺留分については、本人が自発的に放棄しない限り何人も一方的に奪うことは原則できません。今回の事例のケースでも、二男が将来に遺留分減殺請求をする可能性は通常十分ありえることになります。また、遺留分減殺請求がなされると、原則、全財産に対して、均等に4分の1の割合で権利が二男に移りますので、法律関係が複雑になってしまいます(土地につき4分の1、建物につき4分の1、預金も4分の1という具合に・・・)。よって、この遺留分減殺請求に対する対処法も考えておかなければなりません。
 最も一般的な対処法としては、二男に対しても、全財産の4分の1以上(ギリギリでは減殺請求阻止の点でやや不適当)の財産を遺言等で渡すことでしょうか。若しくは、価格弁償(民法1041条、二男が減殺請求してきたときに、二男の遺留分額相当の金銭を自腹で支払って遺産の返還を免れる方法)をするという方法もあります。

(2)廃除(民892条以下)
 遺留分を有する推定相続人(二男)が、被相続人(父)に対して虐待、重大な侮辱を加えたとき又は二男にその他の著しい非行があったときは、被相続人(父)は、その推定相続人(二男)の廃除を家庭裁判所に請求することができる(遺言でもできる)。廃除が認められると、二男の相続権(遺留分を含む)を奪うことができ、結果として二男に一切遺産を相続させないことができることになります。ただし、この廃除が認められるのは先のような非行の状況が客観的に相当酷い場合に限られますので、今回のような単なる疎遠のケースや二男にやりたくないという気持ちだけの問題では排除が認められるのは難しいでしょう。また、仮に廃除が認められても、二男に子(孫)がいる場合は、当該子(孫)に二男の相続権(遺留分権を含む)が移りますので、やはり長男以外を絶対的に廃除するのは難しいでしょう。

5.結論
 以上のように考えてみると、長男に全財産を承継させ、二男に一切渡さないようにする方法としては、費用や手続面での負担を考えると公正証書遺言により、「長男に全遺産を相続させる」との遺言を作成するのがベストではないかと考えます。但し、二男側から遺留分減殺請求がなされる可能性があるため、当該請求に備えて、二男にも遺留分相当額の遺産を遺言等で分け与えておくか、若しくは長男において、遺留分減殺請求をしてきた二男に対し、遺留分相当額の金銭をいつでも支払えるよう準備をしておくべきでしょう。但し、遺留分減殺請求権は、相続開始から10年、遺留分侵害行為を知った時から1年間の経過により消滅しますから、長くても10年間支払に備えておけばよいことになります。
 ま、法律的な結論としては、「相続人である当人(二男)が一切要らないと言わない以上、遺産を全く与えずに済ませることは原則できない」ということでしょうか。
 以上、ご参考まで。なお、相続、遺言に関する問題は、一般的に司法書士の得意分野なので、さらに詳しいご相談は司法書士までお願いします。


 相続放棄G(2011年9月9日)

 今回が相続放棄の最終回です。最後は、きっちり相続放棄の手続をしたのに相続債権者から訴えられた場合です。
 以前にも、少し触れましたが、家庭裁判所に対する相続放棄の申述と受理の手続は、言うなれば一種の公証手続であり、実体法上において相続放棄が有効であると決定されるわけではありません。よって、最終的に相続放棄が有効か否かが判断されるのは、個々の訴訟手続においてであり、つまるところ、相続放棄をした相続人が相続債権者から「親の借金を相続したんだから払え。」と訴えられた訴訟において、「いや、私は相続放棄したんだから支払う義務はないんです。」と主張し、その主張が認められて初めて相続放棄が確定的になるのです(この点、同業者でも理解していない方も見かけますので要注意です)。
 もっとも、被相続人の死亡から3ヶ月以内に家庭裁判所に対して相続放棄の申述をし受理されている場合は、いわゆる熟慮期間内に適法な手続により相続放棄をしたことが明らかなので、債権者も負けを覚悟でわざわざ訴えたりはしません。問題になるのは、@被相続人の死亡から3ヶ月を経過した後で相続放棄の申述をし受理されたような場合や、A相続放棄したのに遺産を隠して私的利用しているような場合です。このような場合は、債権者も、熟慮期間経過や法定単純承認により相続放棄が無効である可能性があるため、場合によっては相続人相手に訴訟を起こし請求してくることもあり得ます(確率としては、低いようですが・・・。)。
 そこで、ちょっとキワドイ?相続放棄をした相続人は、放棄の申述が受理からといって安心しきらず、もし、債権者が訴えてきた場合は、きっちり対応しなければいけません。対応するとは、相手方債権者が裁判所を通じて送ってきた訴状に対し、答弁書(反論を書いた書面)を裁判所に提出し、「相続放棄が適法に行われ、有効に成立したこと」を主張・立証するということです。そして、裁判所に「相続放棄が有効になされているので、債権者の請求は認められない」と判断してもらいましょう。
 というわけで、以下、答弁書の参考例(内容は適当ですので念のため)です。



平成△△年(ハ)第12345号 貸金返還請求事件
原 告  債権者
被 告  相続人
                          答  弁  書
平成○○年○○月○○日

篠山簡易裁判所 1室1係 御中

          〒669−2212 兵庫県篠山市
                 被告  相続人
                 電話 079−594−2233
                 FAX 079−594−0077 
第1 請求の趣旨に対する答弁
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
 との判決を求める。

第2 請求の原因に対する答弁
 1 請求原因1の事実は知らない。原告と訴外 被相続人 との間で請求原因1に記載の金銭消費貸借契約が成立したとする原告主張の事実は,被告は直接の当事者でないため知らない。
 2 請求原因2及び請求原因3の事実は認める。
 3 請求原因4は争う。

第3 被告の主張(抗弁)
 1 被告は,訴外 被相続人 の相続人である。(甲第2号証)
 2 被告は,平成○○年○○月○○日,神戸家庭裁判所柏原支部に対し、相続放棄の意思表示を申述し、同家庭裁判所は平成○○年○○月○○日付で当該相続放棄の申述受理の審判をした。(乙第1号証)
 3 被告は,訴外 被相続人 の死亡日である平成○○年○○月○○日に,同人の死亡により被告のために相続の開始があったことを知ったため,同日から3か月以内に上記2のとおり相続放棄の申述を行った。
 4 よって,仮に,原告が主張するように原告と訴外 被相続人 との間で請求原因1に記載の金銭消費貸借契約が存在しており,同契約に基づく貸金返還請求権を原告が訴外 被相続人 に対し有していたとしても,被告は当該貸金債務を相続しないので,被告に弁済義務はなく、原告の主張は認められない。 
                       証  拠  方  法
1 乙第1号証   相続放棄申述受理証明書
                       附  属  書  類
1 乙号証写し             1通

 
 兎にも角にも、万一、債権者から訴えられた場合は、「放棄したんだから関係ないね。」といって放置したりしてはいけませんということです。放置すると、折角有効に相続放棄しているのに欠席判決で裁判に負け、負債を支払わなければならなくなる可能性がありますので気をつけましょう。


 相続放棄F(2011年9月8日)

 今回は、相続放棄に関する各種手続についてご紹介します。

1.相続放棄の申述受理の申立て
 (1) 申述権者
 @ 相続人(民915,938) 一身専属権 → 任意代理は不可
 A 相続人の法定代理人(親権者、成年後見人等)
 B 包括受遺者(民990)
 C 胎児 → 出生後でなければ相続の放棄をすることはできない(昭和24年12月26日民事局長変更指示)

 (2) 申述期間
  熟慮期間(民915)の間にしましょう。

 (3) 管轄
  相続開始地(最後の住所地)の家庭裁判所(家審規99T)

 (4) 申述方法
  申述者の@氏名及び住所、A被相続人の氏名及び最後の住所、B被相続人との続柄、C相続の開始があったことを知った年月日、D相続放棄をする旨を申述書に記載し、申述者又はその代理人がこれに署名押印してしなければならない(家審規114U)
  ※ 特別の事情があり、本人の真意であることが認められる場合には、本人又は代理人の記名押印であっても差し支えない(最判昭和29年12月21日)
  ※ 申述書用紙は裁判所や同HPから取得できます。

 (5) 申述費用
  申述人1名につき収入印紙800円、郵券(80円×5・10円×5) ※ 神戸地裁柏原支部の場合

 (6) 添付書類
  @ 申述人(相続人)の戸籍謄本
  A 被相続人の戸籍(除籍・改正原戸籍)謄本、住民票の除票写し
   ※ 必要な範囲が申述者の地位によって異なってきます。
   → 実際は被相続人は出生から死亡まで、申述者は同籍から現在まで取れば足ります。

 (7) 不服申し立て
  @ 受理された場合
   → 即時抗告(家審規115U)は不可(東京高決昭和29年5月7日、大阪高決昭和38年10月1日参照)
  A 却下された場合
   → 即時抗告(家審規115U)が可能 【 資料9 】  → 高裁へ
  B 特別抗告(民訴336)、許可抗告(民訴337)  → 最高裁へ

 (8) 取下げ  
  受理審判前または却下審判確定前なら可能

 (9) 申述受理証明書の交付(家審規12)
  @ 申請権者:事件の関係人(相続債権者等利害関係人を含む)
  A 申請費用:収入印紙150円

 (10) その他注意点 
  @ 申述書の「相続の開始を知った日」の記載(熟慮期間の起算点に影響)
   → いつを書くか?
     現実に死亡を知り自己が相続人であることを知った日を記載?
     被相続人の債務の存在を知った日を記載?
  A 後順位相続人が相続放棄する場合
   → 先順位相続人の全員が相続放棄してから申述すること
    ※ 先に後順位相続人が申述した場合、家裁が取下げを勧告する場合が多いが、受付はしたままで先順位相続人の相続放棄の申述を受理した後に後順位相続人の申述を受理する取扱をしている家裁(大阪家裁?)もあるらしい。
  B 債務の存在を知った日から3ヶ月以内の申立てではあるが、被相続人の死亡日から3ヶ月以上経過している場合
   → 自己のために相続の開始があったことを知った経緯(負債の請求がなされた時期、状況等)についてまとめた報告書、上申書(催告書等付き)を一緒に提出する。
    ※ 最判昭和59年4月27日の要件に適合する事情を詳細に記載すること
    
2.期間伸長の申立て(家審九T甲24)
 (1) 申立権者:利害関係人(相続人含む)、検察官(民915T但書)
 (2) 管轄:相続開始地の家庭裁判所(家審規99T)
 (3) 申立費用:収入印紙800円、郵券(80円×5・10円×5 ※ 神戸地裁柏原支部)
 (4) 添付書類:@申立人・被相続人・相続人の戸籍(除籍)謄本、住民票除票等
        A利害関係を証する書面  
 (5) 即時抗告:@ 受理 → 不可 、 A 却下 → 可(家審規113・111)
    ※ 相続放棄の期間伸長の申立てが適法期間内にされ、右期間経過後に却下の審判があり即時抗告もなく確定した場合、その後に相続放棄の申立てがあってもこれを受理することはできない(最高裁編・改訂家事執務資料(上の一)373)

3.相続財産の保存・管理処分の申立て(家審九甲25)
 (1) 申立権者:利害関係人(相続人含む)、検察官(民918U)
 (2) 管轄:相続開始地の家庭裁判所(家審規99T)
 (3) 申立費用:収入印紙800円、郵券(要問い合わせ)
 (4) 添付書類
   @申立人・被相続人・相続人・管理人候補者の戸籍(除籍)謄本、住民票等
  A申立ての実情を証する書面

4.相続放棄の有無の照会
 相続債権者あるいは徴税官署等から特定の相続を指定して、特定の相続人が相続の放棄の申述期間中にその申述をしているかどうかについて回答を求める制度。
 (1) 照会者:相続債権者、徴税官署、相続人等
 (2) 管轄:相続開始地の家庭裁判所(家審規99T後段)
 (3) 手数料:不要(但し、返送用郵券は必要)
 (4) 添付書類
   @ 利害関係を証する書面(金消証書等写し)
  A 相続関係書類(被相続人の戸除籍謄本、相続人の戸籍謄本等)
   B 代理権限証書(委任状)、資格証明書    
   C 照会書副本等

 以上、相続放棄に関連する各手続についてのご紹介でした。これらの手続が用意されているということをとりあえず知っておきましょう。


 相続放棄E(2011年9月5日)

 今回は、「相続放棄に反する行為」についてです。
 以下1〜3に該当する場合は、もはや相続放棄はできない又は相続放棄の効果は認められないので、たとえ放棄の申述が家裁で受理されたとしてもその効力は生じません(大判昭和6年8月4日参照)。

1.単純承認した場合
 相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する(民法920条)。単純承認とは、「被相続人の積極・消極財産の全てを承継し自分の財産と一体化(混同)させること」です。要するに、全て相続するということで、相続放棄とは正反対の行為ですから、単純承認する以上、もはや相続放棄はできません。

2.法定単純承認(民法921条・みなし行為規定)
 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。これは、法律で定めた一定の行為をした相続人については、前記1の単純承認(つまり全て相続する)をしたものとし、もはや相続放棄をすることはできないとするものです。

@ 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(民921・1号)。
 これは、相続財産を「処分」したということは単純承認する意思が黙示的に表示されたと考えるということです。そもそも被相続人の財産がすでに自分の財産となってはじめて、相続人が相続財産を処分できるという権利を得るのだから、処分があったなら相続人が黙示的に単純承認をしたと推定ないし擬制できるので、単純承認の効果として承継される権利のみならず義務・責任をも負わせるべき(大判大正9年12月17日、最判昭和42年4月27日参照)、というわけです。また、相続債権者、受遺者、次順位共同相続人等の利益や処分を信頼した第三者の保護の必要性もその趣旨です。
 もっとも、相続人が相続の開始を知らずに相続財産を処分した場合は単純承認の効果は生じない(最判昭和41年12月22日、最判昭和42年4月27日参照)とされます。相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分した、少なくとも被相続人の死亡した事実を確実に予想しながら相続財産を処分したということを要するということです。
 なお、本号は、相続放棄をする前の処分行為を対象とします(通説・大判昭和5年4月26日)。
 本号でのポイントは、「処分」の該当性です。どういった行為をすれば「処分」に該当し、単純承認したとみなされ、もはや相続放棄ができなくなるのかという問題です。詳しくは割愛しますが、裁判例や学説が多数ありますので、それらを検討のうえ、相続放棄する者が「やっていいこと、悪いこと」を見極める必要があります。

A 相続人が熟慮期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき(2号)。
 これは、期間内に放棄しなかった相続人は、放棄の意思なしとして全て相続により承継させるということです。よって、期間経過後の申述が受理されても無効です(東京高判昭和27年11月25日、最判昭和29年12月24日ほか)。

B 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき(3号)。
 これは、相続放棄をした後に、放棄の趣旨や義務に反する背信行為をした相続人に対する制裁として単純承認の効果(特に債務、義務)を負わせるという趣旨です。
 ただし、例外として、相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後においては、単純承認の効果は発生しません。
 ここでも、具体的にどういった行為をすれば、「背信行為」に該当し、相続放棄の効力が履滅するのかについて、多数の裁判例がありますので、それらを参照のうえ、相続放棄した者が「やっていいこと、悪いこと」を見極める必要があります。

 以上、簡単な説明でしたが、特に重要なのは2の@とBです。まとめると、これから相続放棄をする者、又は、既に相続放棄をした者において、法律で定められた一定の行為を行った場合は、もはや相続放棄の効果(つまり一切相続しないという効果)を認めませんので、相続財産に関して何か行動を起こす際は、十分に注意しましょうということです。
 具体的な問題に際しては、念のため行動の前に一度司法書士等の専門家にご相談下さい。


 相続放棄D(2011年8月29日)

 今回は、相続放棄における相続財産の管理です。
 これは、相続放棄をして相続人に該当しなくなる予定の方、又は、相続放棄をしたため相続人に該当しなくなった方は、もはや遺産に対して無関心でいいのでしょうかという問題です。自分は放棄するけど他の人が相続するという場合は、相続される方が管理していくのですから無関心でいいでしょう。問題は、当事者全員が相続放棄し、誰も相続しないような場合です。人は多かれ少なかれ何らかの遺産を残して逝くのが通常です。例えば、被相続人は1000万円借金を残して亡くなったが、通帳には残高50万円が残っていたような場合です。そのような場合に、相続人全員が放棄したから関係ないといった態度をとっていては、遺産が放置され、散逸し、延いてはその遺産を目当てにする債権者を害することにもなります。
 そこで、法律では、相続放棄をする場合、した場合にも、相続放棄者に一定の管理義務を課しています。まず、民法918条は、『相続放棄前の管理義務』を定めています。それから、民法940条は、『相続放棄後の管理義務』を定めています。以下、この管理義務について、見てみましょう。

1.相続放棄前の管理義務(民918)
 相続開始後から放棄等選択権行使前の相続財産は浮動的な帰属状態(誰に帰属するか確定しない状態)である。そこで、相続人は、相続放棄する予定であっても、放棄するまでは「その固有財産におけるのと同一の注意」をもって、相続財産を管理しなければならない。ここでいう注意の程度は、自分の財産に通常払うのと同じ程度の注意を払って管理しなければならないというものである。
 この管理義務を怠って相続財産に損害を生じたときは、債権者等に対し賠償責任が生じる可能性があるので注意が必要です。

2.相続放棄後の管理義務(民940)
 相続放棄をした相続人も、 「自己の財産におけるのと同一の注意」をもって、相続財産の管理を継続しなければならなりません。結局、放棄前の管理義務を継続することになります。ここでいう「自己の財産におけるのと同一の注意義務」とは、その人自身が自分の財産に対し常日頃払っている程度の注意をいいます。

3.管理の期間
 管理するのはわかりましたが、何時まで管理すればいいのでしょうか。
 これは、「その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで」とされています。次に相続人となる者がいない場合は、最後に放棄した者が当面(時効にかかるまで)管理しておくしかないでしょう(私見)。

4.管理権限の範囲
 保存行為、利用行為、改良行為(民103)に限ります。処分行為(例えば、勝手に売り払ってしまう行為)はいけません。

5.管理が困難な場合等
 相続財産の保存に必要な処分(相続財産管理人の選任(民918V)、相続財産の換価処分)を家庭裁判所に命令(民918U・940U)してもらうことも可能です。
 申立権者は、利害関係人(共同相続人、相続債権者、次順位相続人等)、検察官です。
 申立時期は、相続放棄の熟慮期間中いつでも可能です。

6.熟慮期間中に相続債権者より弁済を求められた場合
 難しい問題ですが、管理者には弁済拒絶権があるという説(相続放棄をするかも知れない相続人は、一債権者に対する弁済が他の債権者を害する結果になりうることを予想できるものと考えられるから、熟慮期間中は弁済を拒絶すべきである。)がありますので、控えた方が無難でしょう。

 以上、相続放棄者の相続財産管理義務についての概要でした。この管理義務は、曖昧な部分も多いため、実務上なかなか悩ましいものがあります。事件の実情に応じて考えていくことが大事に思いますので、悩まれた場合は、一度、司法書士等の専門家に相談してみてください。


 相続放棄C(2011年8月26日)

 今回は、相続放棄の撤回、取消し、無効についてです。
1.相続放棄の撤回
 (1) 一度してしまった相続放棄は、たとえ熟慮期間内であっても撤回することはできません(民919T・最判昭和37年5月29日)。他の相続人や相続債権者等の法的安定性の保護するためです。したがって、相続放棄をする場合は、後で後悔しないように遺産の十分な調査をしてからにしましょう。

2.相続放棄の取消し
 (1) 相続放棄も下記の場合にその意思表示を取り消すことができます。
  @ 未成年者が、親権者または後見人の同意を得ずにした放棄(民5TU、民120T) 
  A 成年被後見人がした放棄(民9、120T)
  B 被保佐人が保佐人の同意を得ないでした放棄(民13TE,W)
  C 補助人の同意を要するとされた被補助人が同意を得ずにした放棄(民17T・W)
  D 詐欺または強迫による放棄(民96T,120T)
   → 東京高判昭和27年7月22日、新潟家審昭和52年12月1日
     ※ 好条件を代償として放棄させたが約束を履行しなかった場合等
  E 未成年後見人または成年後見人が後見監督人の同意を得ずにした放棄(民864,865)
  F 未成年後見人または成年後見人が後見監督人の同意を得ずに被後見人の行為に同意を与え、それに基づいて被後見人がした放棄(民864,865)

  cf.申述書の偽造を理由とする申述受理の審判取消しの申立て(非訟19)は不可
   → 訴訟手続によるべき(東京高決昭和29年5月7日、同昭和34年4月23日)

 (2) 上記(2)の取消権も下記により消滅します(民919V)。
  @ 追認をすることができる時から6ヶ月(短期消滅時効)
  A 相続の承認又は放棄の時から10年を経過したとき(除斥期間)

 (3) 取消しの方法
   家庭裁判所へ申述書を提出する → 受理の審判確定 → 取消しの効果発生

 (4) 取消しの効果
  @ 相続放棄の取消しが熟慮期間内になされた場合は改めて承認・放棄をすることができる。
  A 熟慮期間経過後である場合、取消し後遅滞なく承認・放棄ができるものと解すべきである(大判大正10年8月3日)。

 (5) 詐害行為取消権(民424)の対象とならない
 @ 大判昭和10年7月13日、東京高判昭和30年5月31日(相続人の債権者側から)
  A 最判昭和49年9月20日(相続債権者の側から)
   ※ 詐害行為取消権の対象となる債務者の法律行為は財産権を目的とするものに限定されており身分行為は対象とならない。また、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないから。

3.相続放棄の無効
 (1) 心裡留保(無効原因とならないとする見解あり)
 (2) 通謀虚偽表示(無効原因とならないとする見解あり)
 (3) 錯誤(最判昭和40年5月27日、東京高判昭和63年4月25日、高松高判平成2年3月29日等)  
  ※ 多くは遺産調査の疎漏が原因
  ※ 相続放棄の無効の主張は、別途訴訟で主張して争うべき(最判昭和29年12月24日・家裁への申述は不可:福岡高決平成16年11月30日)
 〔 裁判例 〕
  ・相続放棄の結果、予期に反して相続税が多額に上った等の事項は、相続放棄の申述の内容となるものではなく、単なる動機に関するものであり、民法95条の適用はない(最判昭和30年9月30日)。
  ・相続放棄の性質は、私法上の財産法上の法律行為であるから、当然に民法95条の適用がある。1名の相続人に単独相続させるべく、全ての共同相続人が相続放棄をするとの期待のもとに、他の相続人らが相続放棄の申述をしたが、期待に反して1名の相続人が相続放棄の申述をしなかった場合、かかる事情は縁由の錯誤にすぎず要素の錯誤とはいえない(最判昭和40年5月27日)。
  ・相続の放棄における動機の錯誤が要素の錯誤にあたるとされた事例 → 東京高判昭和63年4月25日、高松高判平成2年3月29日
  ・相続放棄の申述に動機の錯誤がある場合、当該動機が家庭裁判所において表明されていたり、相続の放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表明されているときは、民法95条により、法律行為の要素の錯誤として相続放棄は無効になる(福岡高決平成10年8月26日)。
  ・無権限に署名捺印を冒用し真実同人の意思に基づかずになされた相続放棄は無効である(浦和家審昭和38年3月15日)。
  ・相続放棄の申述書には申述者が自署するのを原則とするが、自署でなければ無効ということはない(最判昭和29年12月21日)。
  ・無権代理による相続放棄の追認は可能であり、申述を受理した家庭裁判所に対して行う(法曹会決議昭和46年2月10日)。

 以上、相続放棄の撤回、取消し、無効についてご紹介しました。とはいえ、以上の様な事態にならないことが一番ですので、不安な場合は事前に司法書士等の専門家に相談してみましょう。


 相続放棄B(2011年8月18日)

 今回は、相続放棄の申述期間(熟慮期間)についてです。
 相続放棄は、民法915条で、 「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に放棄をしなければならない」と規定されています。この3ヶ月の期間を熟慮期間といいます。その趣旨は、被相続人が亡くなってすぐに相続放棄するか否かを判断せよというのでは、時間的に冷静・的確な判断ができないだろうから一定のじっくり考える期間を与えましょうということです。以下、少し詳しく見てみましょう。

1.熟慮期間は法定除斥期間であるため、期間の経過により当然に相続放棄の選択権が失われ単純承認した(すべて相続した)ものとみなされます(民921A)。

2.熟慮期間経過後にされた相続放棄の申述は、たとえ家庭裁判所によって受理されたとしても無効です(東京高判昭和27年11月25日)。

3.熟慮期間の開始時期
 この論点が、相続放棄の最重要論点といえます。要するに、一体いつから3ヶ月の熟慮期間を計算するのかということです。いつから計算するのかが確定することによって相続放棄ができるか否かが決定的に違ってきます。相続放棄を認めない債権者達は、この論点を徹底的に争ってくるのです。これを熟慮期間の起算点の問題といいます。この論点について考える際は、以下の2つの判例が基準となりますが、その他多数の裁判例、審判例を参照し、裁判所の判断基準を見極めるのが重要です。

 @ 「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、 「相続人が相続開始の原因たる事実の発生を知り、かつそのために自己が相続人となったことを覚知したとき」(大決大正15年8月3日)をいう。要は、『被相続人の死亡を知り、かつ、自分が相続人であることも知ったとき』ということです。
 A 「相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である。」(最判昭和59年4月27日)

【 起算点の基本的な考え方 】   
 原則:相続開始の事実と自己が相続人となった事実を知れば足り、遺産の存否の認識は影響ない。
 例外:債務が全く存在しないと誤信していたために相続放棄の手続をとる必要がないと考えて熟慮期間を徒過した場合には、その誤信につき過失がないことを条件に、起算日を遺産の認識時又は認識可能時に繰り下げることができる。
 → 例外に当たる事情(例:被相続人と相続人との関係、債権者からの請求・説明・照会、相続財産についての調査態様、相続財産の認識又はその可能性の存在)の検討が重要です。

4.熟慮期間は、相続人毎に各別に進行する(最判昭和51年7月1日)。

5.相続財産の調査・熟慮期間は家庭裁判所に対する申立により、伸長することができます(民915T但、同U)。 → 当初の熟慮期間内に家裁へ相続人ごとに申立てをする。
  ※ 伸長期間の限界は特に定めなし → 相続財産の構成の複雑性、所在地、相続人の海外や遠隔地居住の状況などを考慮して家裁の裁量により判断される。

6.相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき
 → 熟慮期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する(民916)。

7.相続人が未成年者又は成年被後見人であるとき
 → 熟慮期間は、その法定代理人(親権者、未成年後見人、成年後見人)が相続人のために相続の開始があったことを知った時から起算する(民917)。

 以上、極めて簡潔に記載しましたが、とりあえずは、相続放棄の熟慮期間は必ずしも被相続人が死亡した時から計算するのではなく、事情によっては死亡時から相当期間が経過したような場合でも相続放棄することができる場合があるということを知っておきましょう。被相続人の方が亡くなられて3ヶ月以上経過してから債権者が借金返済等の督促をしてきたため始めて負債があることを知ったような場合は、あきらめずに専門家に相談してください。


 相続放棄A(2011年8月11日)

 今回以降、相続放棄の重要ポイントをご説明します。ポイントは以下の4点になります。

1.相続放棄の申述期間(いわゆる「熟慮期間」)
 相続放棄は、相続開始後いつまでもできるわけではありません。時間的な制限期間があるのです。この制限期間のことを熟慮期間といいます。この熟慮期間を経過するともはや相続放棄はできませんので要注意です。以前ご紹介しましたクーリング・オフ期間の考え方と少し似ていますが、この熟慮期間が一体何時から何時までなのかが相続放棄手続の最大のポイントとになります。

2.相続放棄の撤回、取り消し、無効
 いったん相続放棄をしてしまうと、その後、何らかの理由により撤回したり、取り消したり、無効だと主張したりできるのかという問題です。

3.相続財産の管理
 前回ご説明しましたとおり、相続放棄をするとその相続に関してはもはや相続人ではなくなります。しかし、だからといって亡くなった被相続人の方の遺産を放置しておいていいのかという問題です。どんな被相続人であっても一切何も残さず死亡することは通常不可能です。極端な話、100円でも残していれば、それは遺産です。そして、相続人には、相続放棄の前後を通して一定の財産管理義務が課せられています。相続放棄したからといって、不用意に遺産を破棄したり、放置したりすると、場合によっては相続放棄ができなくなったり、相続債権者から損害賠償請求される可能性もありますので要注意です。

4.相続放棄に反する行為
 相続人が相続放棄という行為に相反する行為(例えば、相続財産の処分行為)をした場合、その相続人は相続したものとみなされ、もはや相続放棄ができなくなったり、相続放棄が認められなくなったりします。相続放棄して相続人でなくなる者が相続人でなければできないことをした場合、相続放棄をすることは認めないということです。先の遺産管理の問題とも通じる問題であり、遺産に関して何か行動をする場合に注意を要します。

 次回以降、以上の問題点について、もう少し詳しく検討していきます。


 相続放棄@(2011年8月1日)

 相続放棄という言葉やおおよその意味は、世間一般に広く知られているものと思いますが、法律上の正確な内容や手続の方法については、一般に誤解されていたり、あまりよく知られていないのも事実です。そこで、今回から数回に分けて、相続放棄制度について解説いたします。
 まず、第1回目は、相続放棄の総論です。

1.相続放棄とは
 相続放棄とは、自然人(被相続人)の死亡等により相続が発生した場合に相続人が行う「相続しないという意思表示」のことをいいます。もっと端的にいうと、「死亡した人の相続人にならないという意思表示」のことをいいます。そして、相続放棄した相続人は、相続開始時(被相続人の死亡時)に遡って、その相続に関しては相続人ではないことになります。
 この相続放棄制度の趣旨は、近代的・個人主義的な財産観念、個人の尊厳重視、私的自治の原則に則り、相続人が十分な情報等を得たうえで、積極財産(プラスの遺産)・消極財産(マイナスの遺産)のいずれにしても承継するかしないかを個々人で自由に選択できることを可能とすることにあります。実は、昔の法律(旧民法1020条)では、一定の身分の者には、相続放棄の自由が認められていなかったのです。これは、昔は現在と違い「家制度」というものがありまして、「父債子還」の観念、つまり「親の借金は子が返せ」という考え方が支配的であったためです。しかし、現在の日本の法律では、誰でも自由に相続するかしないかを決定できるようになりましたので、借金だらけでも、道徳観念に反しても、相続債権者に損害を与えることを認識していても関係なく、放棄することが認められるようになったのです。

2.相続放棄の方式・受理要件
@ 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない(民法938条)。これは、要式行為ということであり、これ以外の方法では、相続放棄を認めないということです。この点、勘違いをされている方が結構いらっしゃるように感じます。相続人間で相続放棄の合意をしても拘束力はなく、無効である(大決大正6年11月9日、横浜地川崎支判昭和44年12月5日)。よくある相続人間の会話で、「私たちは放棄するから、兄さんが全部相続したらいいよ。」というのがありますが、これは単に相続人間で、遺産の分け方を協議した結果として、特定の者だけが相続することに決定したという遺産分割協議を行ったにすぎないのであり、法律上の相続放棄をしたのではありません。この違いは、プラスの財産のほかにマイナスの財産もある場合の相続に決定的に生じてきます。ここでは簡単にいいますが、マイナスの財産、つまり借金等の負債は、相続人の間で特定の者だけが負担し他の者は放棄すると決めても、それをもって債権者には対抗できないません。要するに、「財産も負債もどちらも相続しないという効果を得たいのであれば、きちんと家庭裁判所に対して相続放棄意思表示をしなさい」ということです。

A 相続放棄の申立ができるのは、相続人(包括受遺者含む。)及びその法定代理人(親権者、後見人等)です。未成年者が相続放棄の申立をする場合は、親権者が代理して行うことになります(但し、利益相反に注意しましょう。)。利益相反とは、簡単にいうと、子供は放棄させて母親が遺産を全部相続してしまうような場合をいいます。このような、子供の利益を害するおそれのある場合は、別途、子供のために特別代理人を選任しなければなりません。

B 相続放棄の申立がなされると、家庭裁判所は受理の審判を行い、申立の内容を審査し、申立を受理するかどうかを決定します。審理の範囲は以下のとおりです。
ア)申述書の記載についての形式的審査(家審規114)
イ)相続放棄の実質的要件(相続人による申述であること、放棄が相続人の真意に基づくものであること、法定期間内の申述であること、法定単純承認事由がないこと等)についてまで審理は及ぶか? ・肯定説(多数説)  ・否定説  ・折衷説(判例)
ウ)申述者が相続人であるか否か
エ)相続人(申述者)の真意に基づくか否か
オ)熟慮期間内か否かの判断(→ 受理要件の欠缺が明らかであるといえないときは受理するのが相当(福岡高決平成2年9月25日、仙台高決平成8年12月4日、仙台高決平成4年6月8日)
カ)法定単純承認事由の存否(審理の対象になる(富山家審昭和53年10月23日)、審理の対象にならない(東京家審昭和33年6月9日)、申述書の内容、申述人の審問の結果あるいは家裁調査官による調査結果等から申述の実質的要件を欠いていることが極めて明白である場合に限り申述を却下するのが相当である(仙台高決平成1年9月1日))
   
C 審理の方法
 申述書自体によってその申述が本人の真意に基づくことが認められれば、必ずしも常に本人の審問等を行う必要はない(最判昭和29年12月21日) → 本人審問、調査官による事実の調査、申述人に照会書を送付し回答を求める方法、調査嘱託の方法(遠隔地の場合)等事案に応じて真意の確認に適した方法を採用
 ※ 通常は書面照会のみ(死亡日から3ヶ月以内の場合)
 ※ 債務の存在を知った日から3ヶ月以内の申立てではあるが、被相続人の死亡日から3ヶ月以上経過している場合は、書面照会に加えて債務の存在を知った日を明らかにすることができる書面(ex,訴状、請求書)の提出が要求され、場合によっては裁判官の審問も実施されることもある。 → 相応の理由が認められればとりあえず受理してもらえるのが普通です。
  
D 申立ての時期
  相続開始後 → 相続開始前の放棄は無効

3.相続放棄の効力
  「その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」(民939)
 (1) 遡及効 「初めから」
 (2) 絶対効 「何人に対しても」、「登記も要しない」(最判昭和42年1月20日)
 (3) 代襲相続  生じない
 (4) 既判力(事実確定効)はない(申述受理は事実証明の行為に過ぎない)
→ 法律上の無効原因が存在する場合は訴訟において主張可能(最判昭和29年12月24日参照、昭和30年1月21日法曹会決議) 
 ※ 間違っても相続放棄したからといって提起された訴訟等を放置してはいけません。きちんと応訴し相続放棄の主張立証をする必要があります。


 遺言書を書いたほうがいい場合って?

 近年増加傾向にある遺言書の作成について、一般的に遺言書をかいておいた方が良いと思われるケースについて、以下、列挙してみます。

 @ 子供(孫以下も含む。以下同じ)がいない場合
 A 子供はいるが、婚姻関係にあった配偶者が既に死亡しており、内縁関係の配偶者がいる場合
 B 子供も配偶者もいない生涯独身の場合
 C Bに加えて、親、兄弟姉妹もいない場合
 D 相続人の中に行方不明者がいる場合
 E 事業承継の問題が絡む場合
 F 介護等に尽力してくれた相続人、障害のある子供等に他より多く財産を与えたい場合
 G 相続人である子供の中に先妻の子と後妻の子がいる場合
 H 多額の遺産が多岐にわたって存在し、しかも相続人の数も多い場合
 I 遺産を一切与えたくない相続人がいる場合
 
 以上、思いつくままにとりあえず10個ほど挙げてみました。
 さらに詳しい理由等をお知りになりたいは、司法書士までお尋ね下さい。