2.担保権の負担のある建物賃貸借の場合
仮に担保権(以下、抵当権とします。)が実行されて建物が競売になった場合、抵当権と賃借権の設定時期の先後により結論が変わってきます。 @ 抵当権の設定より先に賃貸借契約が成立していた場合
建物の賃貸借契約が成立し、引渡しも受けた(居住した)後に抵当権が設定されていたところ、抵当権の実行により建物が競売され、買受人が新家主になった場合は、上記1と同様、賃借権を新家主に対抗でき、また、敷金の返還も新家主に請求できます。 A 抵当権の設定より後に賃貸借契約が成立していた場合
この場合は、競売による買受人(新家主)に対し、賃借権を対抗できませんので、建物の明渡しの要求があれば基本的には応じなければなりません。ただし、一定期間(6か月)の明渡しの猶予が認められています(民法395条)。なお、この点に関しては、以前は、借主の賃借権を一定期間(3年間)保護するための短期賃貸借保護制度がありましたが、平成16年4月1日施行の改正民法によりこの制度は廃止されています。また、賃借権を対抗できない以上、買受人(新家主)に対して敷金の返還を求めることもできません。なお、元貸主に対しては、当然、敷金の返還請求ができますが、通常、経済的に破綻した元貸主に返還する資力はありませんので、現実に返還を受けることは困難でしょう。
3.現実問題
@ 事業用物件(貸店舗等)では、担保権の負担の無い物件の方が少数であり、特にテナント業者が貸し出しているような物件では、担保権の負担がある場合が通常です。よって、高額の敷金を差し入れる場合は、貸主の財政状況(経営状況)についても注意する必要があります。
A 上記2Aの借主のリスクについて、仲介業者等から説明を受けることはあまりないように感じますが、宅建業法上は説明義務まではないようです(ただし、民事上の責任(債務不履行、不法行為による損害賠償責任)は別問題)。
B 実際、建物が競売され家主が変更になった場合、新家主から明渡しの要求がなされるかといえば、賃貸専用の物件では、そのようなケースはむしろ稀でしょう(賃料収入を目的とした建物なので新家主も借り続けてもらいたいと考えるはずです)。
4.その他
@ 建物明渡し後、現実に敷金の返還義務が具体化した後の建物の譲渡により家主の変更があった場合は、新家主に対して敷金の返還請求はできません(最判昭和48年3月22日参照)。
A 相続により承継された敷金返還債務は、不可分債務であるため、相続人の一人は、敷金の全額を返還しなければなりません(大阪高判昭和54年9月28日参照)。