2019年10月


 登記は裏切らない?(2019年10月25日・vol.301)  

 最近のマッスルブームにあやかってウエイトトレーニングをしまくった結果、見た目でもけっこう筋肉量が増したように見えるようになりましたが、何より姿勢がよくなったと思われ、これはちょっといいですね〜(筋肉が悪い姿勢を許さない感じ)。

 さて、昨今、地方の山間農村部では不動産の価値が下落しっぱなしですが、それでも依然として不動産の購入は他の物品と比較して高い買い物であることに変わりはありませんので、失敗はできませんよね。
 そんなわけで、司法書士の専門分野(権利の登記)から見た不動産購入時の注意点をご紹介しようと思いますが、そこはやっぱり「所有権登記名義人=所有者」の保証はありません、というところでしょう。
 まず、最高裁判所の判例によれば、「登記簿上の所有名義人は、その前所有名義人以外の第三者との関係においては、反証のない限り、その不動産を所有するものと推定すべきである。」とされているため(最判昭和34年1月8日民集第13巻1号1頁,最判昭和38年10月15日民集第17巻11号1497頁等)、不動産登記には、登記名義人の権利の所在自体又は登記記録に登記原因として記録された権利取得原因の事実について、いわゆる「事実上の推定力」が認められるとされています。ここでいう「事実上の推定力」とは、「ある事実の存在が証明されれば他の証明すべき事実の存在が相当程度の蓋然性をもって認めることができる」という効力のことであり、例えば、「ある不動産の登記記録において所有者として登記されている名義人は、その不動産の所有者であると一応認められる」といった感じです。ただし、「一応」認めることができるだけですので、所有者であるという事実を争う者からそれとは反対の事実を推測させる証拠が出された場合は、推定が覆る(登記の内容は所有権(所有者)を認定する証拠にならない)ことも当然あり得るのです。現行の不動産登記制度が登記所に提出された書類の形式的審査に基づき行われている以上、実体上の法律関係と異なる不正、不当な登記がなされる可能性は常にあるわけですから、登記の内容が必ず正しい現在の権利関係を表しているとは言えないのも当然なわけです。
 それでは、登記がそんなに信用ならないものであれば、不動産なんて安心して買えないじゃないかっっっっ!!!!となりそうですが、この点、登記に公信力(真実の権利関係はどうであれその登記の内容を信頼して取引した者に対しては、登記の内容通りの権利関係があるものとして法律効果を発生させる効力)があれば、登記を信頼した第三者は保護されることになりますので、とりあえず安心です。しかし、残念ながら、日本の登記制度においては、登記に公信力は認められていませんので、やっぱり十分な安心はできません。
 そうすると、あとはもう登記に相対する人間の側が賢くなるしかありません。というわけで、以下、ちょっと危うい所有権の登記の例を思い付くままいくつか挙げてみますので、ご参考にしてください。

1.登記原因として、@「委任の終了」、A相続の順で所有権登記名義人になっている場合 → 個人の所有財産ではないのに誤って相続登記をした可能性があり、真の所有者は自治会等の地縁団体である可能性がある

2.譲渡担保を登記原因として所有権登記名義人となっている場合 → 元々は担保目的で所有権登記がされているため、現時点で確定的に所有権が移転しているのか(所有者となっているのか)は登記記録だけでは不明

3.対象不動産が農地の場合で、10年の占有(民法162条2項)をもって時効取得を原因として所有権登記名義人となっている場合(登記原因(占有開始日)と登記年月日との間に20年超の期間が空いていない場合) → 10年の時効取得の要件(無過失)を満たしていないのに時効取得したものとして所有権登記をした可能性がある(最高裁昭和59年5月25日判決)。

 ほかにもいろいろ怪しい登記はありますが、とりあえずこんなところでしょうか。なお、場合によっては、現在の電子記録化された登記記録だけでなく、閉鎖された過去の登記簿にまで遡って怪しい登記がなされていないかの調査をする必要がある場合もあるかもしれません。

 巷では、「筋肉は裏切らない」と言われているそうですが、「登記は時として裏切ることがある」という認識は、常に頭の片隅にでも置いておきたいところです。




 株券もらってないけど譲渡できますか?(2019年10月8日・vol.300)  

 先週の土曜日は、司法書士会の年次制研修(5年に1度)に参加してきました(私は3回目)。司法書士の職業上の倫理について、該当年次の司法書士が会場に集まり、ご高名な先生の講義を聴いたり、グループディスカッションをしたりして、丸1日かけて研鑽を積む研修です。司法書士のあるべき像をみんなで探求するような感じでしょうか。
 
 さて、
 株式会社は、旧商法下では株券発行が原則でしたが、会社法下では株券不発行が原則であり、株券を発行する場合は定款にその旨規定しなければなりません(会社法214条)。もっとも、会社法下では、非公開会社(全株式譲渡制限会社)については、株券発行会社であっても、@株主から請求がある時までは株券を発行しないことができ(会社法215条4項)、またA株主全員から株券不所持の申出を受けた場合も株券を発行しないことができます(会社法217条)。最近は、株式会社の設立をする場合にあえて株券発行会社を選択されるケースは経験上ほぼ皆無であり、また、既存の株券発行会社については、可能であれば不発行に切り替えることをお勧めするような傾向であるため、会社法施行後にできたような比較的新しい会社の株式実務においては、いずれの規定もあまり気に掛けることがありません。
 ところが、旧商法下で既存の株式会社は、旧商法の株券不発行制度を採用していない限り、会社法施行後も株券発行会社のままであり(整備法76条4項)登記上も「株券発行会社」と登記されています。よって、そのような株式会社において株券が発行されていない場合は違法状態となりそうですが(実際、旧商法下からの株券発行会社で株券を発行していない中小の会社はかなり多い)、会社法の施行により上記@の規定ができたため、こちらについても会社法下では原則違法ではなくなりました。
 もっとも、株券発行会社の株式を譲渡する場合は、「当該株式に係る株券を交付しなければ、その効力を生じない。」(会社法128条1項)「株券の発行前にした譲渡は、会社に対し、その効力を生じない。」(同条2項)とされているため、株券発行会社の株主は、自己が有する株式を譲渡するにあたっては、まずは会社に対して株券の発行を請求し、会社から株券の交付を受けたうえで行う必要があります。
 それでは、株式を譲渡したいのに会社が株券を発行してくれない場合はどうすればよいのでしょうか(実際、株券発行事務は経費も掛かるし結構面倒くさいうえ、現実に株券を発行している状態は株式管理や株式関連の諸手続等の面で何かと不都合なことが多くなるため結局あらためて不所持の申出を受けることになるのだから、会社的には株券の発行をできれば省略したいところがあると思います。)。
 以下、そんな場合に参考になりそうな裁判例

ちょっと古いけど最高裁判例
1.昭和47年11月8日最高裁判所大法廷判決(民集第26巻9号1489頁)
要旨:株式会社が株券の発行を不当に遅滞しており、信義則に照らして、会社が株式譲渡の効力を否定するのを相当としない状況に至ったときは、株券発行前であっても、株主は、意思表示のみで、会社に対する関係においても有効に株式を譲渡することができる。 ※ 詳細は裁判所HPをご参照ください。

わりと最近の裁判例(東京高裁なので)
2.平成30年7月11日東京高等裁判所判決(金融・商事判例1554号8頁)
要旨:該当雑誌をご覧ください。

 旧商法下から既存の株券発行会社で過去に一度も株券を発行しておらず、株券発行にも非協力的な会社の株主が株式を譲渡する場合に参考となりそうです。
 また、実際に中小閉鎖会社で多く行われていると思われる、会社と株式譲渡の当事者の合意で株券の発行を省略して株式譲渡を行うというケースで、後日、会社との間で株式譲渡の有効性について揉めた場合にも使えそうです。

 以上、株券未発行の株券発行会社の株式の譲渡について検討してみましたが、やっぱりこれに該当する株式会社で株主構成から見て株式譲渡が生じ得る会社は、早々に株券不発行会社に形態を変更された方がよいと思います。ちょっと手間と登記費用はかかりますけどね。