丹波篠山市の司法書士事務所
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間違いやすい相続関係 〜その4〜(2015年1月31日・vol.216)
早いもので1月ももう終わりですが、今年最初の記事です。
今回も旧民法が絡むちょっとややこしい相続に関するお話です。
現行民法の相続は個人(自然人)の死亡のみによって開始しますが(民法882条)、いわゆる家制度を採用していた旧民法においては、その家の戸主(戸主権及び家産)に関する相続として
家督相続の制度
があり、この家督相続においては、
戸主の死亡以外にも、隠居、国籍喪失、婚姻又は養子縁組の取消しによる去家、女戸主の入夫婚姻又は入夫の離婚がその開始原因とされていました(旧民法964条各号)。
つまり、旧民法の時代においては、戸主である被相続人が生きているうちに相続が開始して被相続人の家産たる財産が家督相続人に包括的に承継されることになっていたわけです。そして、現行民法が施行された現在においても、旧民法時代に家督相続の開始原因が発生している場合は、戸主であった被相続人の相続関係を考えるうえで現行民法のみならず旧民法も適用されることになりますので注意が必要です。
さて、今回は上記の家督相続の開始原因のうち、
女戸主の入夫婚姻
について以下検討してみます。
まず、女戸主とは何ぞや、ということになりますが、簡単な例でいいますと、ある家の戸主であった者が若年にて死亡し、その第一順位の家督相続人が幼年の女子(長女)のみであった場合、その女子が家督相続人としてその家の新たな戸主となり、新たな戸籍が編成されます(旧民法970条)。この戸主となった女性を女戸主といいます。
次に、先の例により女戸主となった長女は、一定の年齢になると他家の男子と婚姻することが想定されますが、この婚姻に際して、他家の男子が女戸主の家に入った場合、これを入夫婚姻といい、他家から入った男子を入夫といいます。
そして、上記のような
入夫婚姻が発生した場合は、原則として入夫が新たにその家の戸主となり
ますが(旧民法736条本文)、この入夫婚姻による戸主の交代が先に述べました家督相続の開始原因の一つとなっているのです。
というわけで、
女戸主に関して入夫婚姻による家督相続が発生した場合は、その当時に女戸主が有していた家産たる財産は、新たな戸主である入夫に承継されるのが原則
となります(例外は後ほど)。
因みに、入夫婚姻による家督相続が発生した場合の戸籍上の記載についてですが、隠居の場合のように戸籍に家督相続の文言が直接記載されたりはしませんが、戸籍が切り替わる前後の戸籍にはそれぞれ「女戸主の入夫婚姻により入夫が戸主となった」旨が記載されますので、先の知識さえあれば家督相続発生の判別は比較的容易かと思います。
では、入夫婚姻による家督相続の例外ですが、女戸主は、入夫婚姻により入夫に財産が家督相続される場合でも、
一定の手続(確定日付ある証書の作成)を踏むことにより自分の元に財産を留保することができる
とされていました(旧民法988条本文)。したがって、仮に入夫婚姻による家督相続が発生した場合でも、財産留保を行うことにより、女戸主は財産を家督相続の対象外として従来どおり自分の所有として留め置くことができたのです。そして、この場合、財産留保がなされた財産については、当然、入夫に承継されないことになります。
以上、入夫婚姻という現在から見ればやや特殊な形態の相続に関するお話でした。
なお、家督相続の発生原因のうち、
入夫の離婚
というものがありますが、これは入夫婚姻により他家から入って戸主となった男が離婚により元の家に復籍し、残った家族の中の適格者が家督相続する形態ですが、この場合は必ずしも前女戸主が再度家督相続するわけではないので注意が必要です。
(発展問題)
さて、上記の入夫婚姻による家督相続の制度を前提に、例えば被相続人である女戸主名義の不動産があった場合に、この不動産の相続登記手続を行う際、ここで一つの問題が発生します。それは、当該不動産についての
女戸主の財産留保の有無が不明な場合
、どのような相続を原因とする相続登記を申請すべきかという問題です。下記の仮想事例で具体的に考えてみます。
(事例)
@ 大正5年5月5日、女戸主AはBと入夫婚姻し、入夫Bが新たに戸主となり、AB間に家督相続が発生
A 平成15年12月10日、Bが死亡
B 平成27年1月10日、Aが死亡
C 大正3年3月3日に所有権を取得した旨の記載のあるA名義の甲土地が存在
D Bの相続人とAの相続人はいずれも共通でC及びDのみである。
この事例の場合、仮に@の家督相続の際にAが甲土地について財産留保をしていたのであれば、甲土地はAの遺産であり、Bの相続のみを原因としてC及びDへの相続登記が可能です。他方、@の家督相続の際にAの財産留保が無ければ、甲土地は一旦Bが家督相続してBの財産となり、その後Aの相続を原因としてBの遺産である甲土地をA、C及びDが相続し、さらにBの相続を原因としてAがBから相続していた甲土地の持ち分をC及びDが相続することになります。
では、Aの財産留保の有無が不明な場合はどうすればよいのでしょう。この点、実体法上においては、財産留保の有無につき何らかの争いがあるのであれば裁判手続等により財産留保の有無を決するべきですが、
登記手続の実務においては、財産留保の有無については事実問題であるから登記審査の対象としないということで、基本的には登記の申請人の判断に委ねられている
とされています
(参照先例:大正2年6月30日民132号回答)
。
したがって、先の事例でいいますと、Aの財産留保があったとしてBの相続を原因として直ちにAからC及びDに甲土地の相続登記を申請しても受理されますし、反対にBへの家督相続を経由した数次の相続登記を申請しても受理されると思われます。
(総括)
こうして見ますと、女戸主Aについては、少なくとも2回相続が発生していることがわかりますが、可能性としてはさらに複数回相続が発生する場合もあるわけで、これはまさに生前相続を認めていた旧民法が絡んでくる相続における要注意ポイントだと思います。
例えば、Aがまだ生存している場合でA名義の不動産があったとしても、Aにおいて過去に入夫婚姻による家督相続が発生していた場合は、当該不動産は入夫に家督相続されており、現在はAの所有ではない可能性もあるわけであり、また、そんな事実はAの戸籍を遡って調べないと分かりませんから、この不動産を処分するとなるとちょっと恐ろしい感じがしますが(例えば、先の例で入夫Bに婚外子Eがいた場合とか・・・)、どんなもんでしょう?
(補足)
上記発展問題のケースでは、登記の申請に当たっては、当該不動産が留保財産であることを証する情報として、旧民法988条に規定する確定日付ある証書や、留保財産であることについての判決書の正本、遺産相続人全員の合意書等を提供する必要がある、との見解もあります(登記研究789−121、カウンター相談246)。留保財産に該当する事実は登記原因の内容を構成する事実であると考え(よって登記審査の対象となる)、登記原因証明情報が原則必須となった新不動産登記法のもとでは、当該事実を証明する情報を登記原因証明情報の一部として提供しなければならない、との理屈のようです。
よって、この見解からいくと、上記のケースでAの財産留保があったとしてBの相続を原因として直ちにAからC及びDに甲土地の相続登記を申請する場合は、登記原因証明情報として当該不動産がAの留保財産であることを証する情報を提供する必要があることになります。もっとも、実際に提供できるものとしては、例に上がっている添付情報の中では、前2者については相当古い資料であるため提供は困難であると思われ、せいぜい現在の遺産相続人全員の合意書ぐらいしかないんじゃないかと思いますが。