2023年6月


 最新判例のチェック(2023年6月21日・vol.375) 

 購読している消費者法ニュースに長期分割払いの任意整理を勧める士業者の問題点を指摘する記事が最近よく載っています(内容は書きませんが、冒頭だけなら会員でなくても同誌HPで読めます。)。
 昔の債務整理業務の最盛期の頃でも、完遂できないような無理な任意整理がなされている案件は結構見かけましたけど、現在はそれとはまた別の意味での問題提起がなされているようです。

 さて、最近は何かの拍子で思い出したときにだけ裁判所HPで最新判例のチェックをしていますが、登記、遺言、相続が絡んだ興味深い最高裁判例が載っていましたので、ご紹介します。この手の判例は司法書士なら必読でしょう。

令和5年5月19日最高裁判所第二小法廷判決
(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92085)

判事事項(HPより転載)

1 共同相続人の相続分を指定する旨の遺言がされた場合における、遺言執行者と不動産の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格(消極)

2 相続財産の全部又は一部を包括遺贈する旨の遺言がされた場合における、遺言執行者と不動産の所有権移転登記の抹消登記手続又は一部抹消(更正)登記手続を求める訴えの原告適格(積極)

3 複数の包括遺贈のうちの一つがその効力を生ぜず、又は放棄によってその効力を失った場合、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときを除き、包括受遺者が受けるべきであったものは、他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属する

 私には評釈するような力量は全くありませんので、以下、ただの感想です。

 判事事項1は、相続開始時期が平成23年ということで、改正前民法(相続法)が適用される事案のためこの結論になったわけで、仮に令和元年7月1日施行の改正民法(相続法)が適用される事案であれば、反対の結論になるのかなという感じです。

 判事事項2は、民法改正の前後を問わず、この手の登記の抹消(更正)請求は遺言執行者の職務の範疇かと思うので、特に目新しい感覚はないかなという感想ですが、相続登記の抹消(更正)登記手続を求める場合の訴状作成の参考になりそうです。

 判事事項3は、近時の学説の有力説が最判で確認されたという意味で、早速手元の実務書に書き込んでおこうという感じです。
 
 これから発刊される法律雑誌にも解説が載ると思いますので、改めてそちらを読んでみようと思います。



 遺言と生前処分(2023年6月7日・vol.374) 

 時宜を得た話題として、

 つい先日遠方の病院に行き、初めてマイナ保険証を使用したところ、「登録情報が古くて使えません」と言われました。状況がまったく理解できませんでしたが、幸い紙の保険証も持っていたので事なきを得ましたとさ。めでたし、めでたし・・・。

 もう1つ、毎年5月、6月は時節柄「商業登記強化月間」と勝手に銘打ってこの手のお仕事を集中して行っていますが、期限内に登記をしたことの登記記録がその会社のコンプライアンスのバロメーターの一つであると考えると、登記申請代理人の司法書士も必死です。
 また、このタイミングで役員以外の変更も一緒にやってしまおう的な会社さんも多く、例えば、目的変更、公告方法の変更、取締役会廃止、監査役廃止、株券発行廃止等々といった定款変更がその最たるものですが、自己株式の処分・取得等の株式関連の変更も多いことでしょう。
 と来れば、ぜひ、曖昧になっている株主の整理なんかも検討されてはいかがでしょう。たとえ小規模・閉鎖・同族の会社であって実害がないように思えても株主を甘く見てはいけませんので。

 さて、本題ですが、遺言で自身の死後の財産の処遇を決めた後、亡くなって相続が開始するまでの間に遺言者が遺言の対象となっている財産を処分した場合、次の民法第1023条第2項の規定が問題となります。

(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第1023条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。

 この規定があるが故に、いったん遺言を作成した後に遺言者が財産を処分等するときは、「遺言の内容と生前処分その他の法律行為が抵触するか否か」について結構神経を使うことになります。仮に、抵触すると判断された場合、せっかく遺言を作成したにもかかわらず、生前に行った行為により思わぬ結果になることもあるからです。

 では、「遺言と生前処分その他の法律行為が抵触する場合」とは具体的に何ぞやですが、判断のメルクマールとなるのが次の判例です。
 
 昭和56年11月13日最高裁判所第二小法廷判決(抜粋)
 「民法1023条1項は、前の遺言と後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす旨定め、同条2項は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する旨定めているが、その法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないから、同条2項にいう抵触とは、単に、後の生前処分を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となるような場合にのみにとどまらず、諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも包含するものと解するのが相当である。」

 うわぁ〜、この判例(抜粋)の下線部分を読んでもらえばわかるとおり、これってもう抵触するか否かの判断は、@遺言の解釈A生前の法律行為の解釈の問題に帰するとされているのです。

 解釈の問題になってくると、これはもはや最終的には裁判所の判断に委ねられるということですから、実務家的には超不安です。

 例えば、遺言で「甲土地をAに遺贈する」としていて、生前に「甲土地をBに売却した」場合は明らかに抵触しているのが分かりますが、この遺言の場合で「甲土地を分筆して一部をBに売却した」場合はどうでしょう。甲土地の残部が遺言の対象となったままであると確実に言えるのでしょうか。やはり遺言と生前処分行為の解釈次第となるのでしょう。
 そして、解釈次第ではリスクが高い場合は、遺言の再作成も視野に入れる必要がありそうです。

 こうして考えてみると、例えば、「この土地を売るので登記して欲しいねん」と相談を受けた司法書士としては、「ところで、もう遺言を作成されていますか」と一言尋ねてみるのもよいかもしれませんよね。「余計なお世話じゃ」と怒られるかもしれませんが・・・。