2024年9月


 遺言書のメンテナンス(2024年9月25日・vol.394) 

 人のエンディングノートは世間では割と定着してきているように感じますが、実は「住まいのエンディングノート」なるものがあるのをご存じでしょうか。
 日本司法書士会連合会も参画して共同で作成されたものですが、無料でダウンロードできますので、興味のある方はこちら(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr3_000054.html)をご参照ください。


 さて、遺言書を作成するタイミングというのはかなり難しいことでして、遅きに失する(作成前に死亡、判断能力喪失等)のはもちろんダメですが、逆に早すぎるとその後の事情の変化(財産の増減、親族関係や心情の変化等)に対応できず、最終的に遺言者の意向にそぐわない遺言書が残ってしまうリスクがあります。
 今回は、後者のケースに関する興味深い裁判例を某研修会で発見しましたのでご紹介します。
 〇 令和5年12月13日大阪高裁判決

 民法1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。

 本裁判例は、過去にも何回か話題に取り上げました遺言と生前処分その他の法律行為(身分行為)の抵触による遺言撤回みなし該当性に関する事例です。

 この遺言と生前の身分行為の抵触による遺言撤回みなしに関する論点としては、@「妻に財産を相続させる」遺言作成後に妻と離婚した場合A「養子に財産を相続させる」遺言作成後に養子と離縁した場合が有名ですが、この裁判例は、前妻との婚姻中に「前妻と子全員にそれぞれ財産を相続させる」旨の遺言を作成後、前妻が先に死亡し、その後、後妻と再婚し、さらに後妻の連れ子?と養子縁組し、その後、遺言者が死亡して相続が開始した(遺言作成後約16年経過)が、遺言の書換えは行っていなかった事例のようです。

 興味深いのは、遺言作成後のB再婚C養子縁組といういわゆる創設的な身分行為が遺言内容(先妻と当時存在した子全員に財産を相続させる)と抵触するとの主張が展開されている点です。先述のとおり解消的な身分行為(離婚、離縁)の論点はよく見聞きしますが、その反対の創設的な身分行為でも紛争になり得るということが分かりますので、ある意味勉強になるではないでしょうか(認められるかどうかはともかく、少なくともこのような主張がされることもあるということは知っておくべきでしょう。)。

 このような裁判例を見ると、遺言作成後長期間が経過することにより身分関係に変化(解消、創設を問わず)が生じたときは、念のため遺言書の書換え(前の遺言は破棄して、再作成)をした方がよいかもしれませんよね。

 裁判の詳細に興味のある方は判例雑誌や判例情報システムか何かで探してみてください。





 意外とNGな遺言書の保管場所(2024年9月11日・vol.393) 

 一昔前までは、相続登記手続をする際に、「土地は登記するけど、あえて建物については相続登記をしない」みたいなことをされていたことがあったようです(少なくとも私が司法書士の仕事を始めた頃(約20年前)でもそのようなことをおっしゃる方がごく一部におられたように思います)。理由は、建物はいずれ壊れて無くなるものだから登記しても無駄になる、とかなんとか。

 近年、自然災害により建物に被害を受けた場合において、いわゆる公費解体を行う際、建物の権利登記が不完全であること(そもそも未登記、相続登記未了等)が原因で建物所有者(の一部)が不明となり、その結果、解体に当たっての建物所有者全員の同意が得られないことを理由に解体作業が滞ることが起こっているところがあったそうです。なお、軒並みの被害を受けた場合、自身所有の建物は登記が完全にできていても、隣接の建物(やその敷地)について登記が不完全である場合には、同様に解体作業が滞る場合もあるそうです。

 今後の自然災害等の有事に備えて、土地と同様、建物についても未登記や相続登記未了の状態は極力解消しておく方がよいのは間違いないのでしょう。

 さて、つい先日、兵庫県司法書士会の研修会(ちょっとハードな5時間研修)で立命館大学法学部教授の本山敦先生の講義を受講しましたが、冒頭で「貸金庫の開扉と遺言執行者の権限」についての事例(どこかの司法書士からの質問)の紹介と解説がなされていました。

 ここでふと思い出したのが、遺言書の保管場所の問題で、以前にどこかの相談会で「遺言書を貸金庫に保管している」という会話を耳にして一瞬ゾッとしたことがあったことです。

 先の紹介事例は、遺言執行者が遺言執行の一環で貸金庫を開扉するに当たって、開扉権限の拠り所となる遺言書の文言についての問題(遺言書において具体的な文言で貸金庫の開扉権限が遺言執行者に付与されている必要があるか)に関するものでしたが、この貸金庫を開扉するために必要な肝心の遺言書が相続開始時点で貸金庫の中にあるということがどういう問題を引き起こすのか、もう言うまでもないですよね。遺言執行者として開扉できないのであれば、これはもう相続人全員の関与(同意、立会等)がないと開けませんと銀行に言われてもやむを得ない状態になりますが、相続人間の関係に問題(犬猿の仲、疎遠、行方不明、相続人不存在等)があれば悲惨なことにもなりかねません。

 いくら大事な遺言書とはいっても、努々、遺言書を貸金庫に保管するようなことはされませんようお気を付けください。