2016年4月


 家督相続か?遺産相続か?(2016年4月6日・vol.240) 

 新年度に入りまして、私の司法書士人生もいつの間にか11年目に突入しておりますが(司法書士10周年のことなんてすっかり忘れていました)、区切りもよいので、再度初心に帰って向こう10年頑張ろうと思います。
 さて、今回も明治時代に施行された旧民法に関する相続のお話ですが、旧民法の相続登記を少しかじり出すと、戸籍の記載内容を見ただけで、「あぁ、家督相続ね」と安易に相続関係を判断しがちです。
 しかし、手続の目的はあくまで相続の「登記」ですから、戸籍だけじゃなく登記簿も一緒に見比べながら相続関係を判断しなければなりません。司法書士的には常識でありたいところですが、油断していると痛い目を見る、今回はそんな事例です。

(仮想事例)
1.登記手続の目的となる甲土地の登記簿の記載内容によると、所有権登記名義人Xは、明治40年に甲土地を売買により取得している。
2.戸籍の記載によると、Xは乙家の戸主であったが、明治38年に隠居し、乙家の家督を長男Aが相続している。
3.その後、Xは戸主となることなく昭和10年に死亡している。
4.なお、Xの子はA、B、C、D、Eの5名である。
5.さて、甲土地について行うべき相続登記の申請は如何様に?

(検討)
1.まず、被相続人Xが甲土地を取得した時期に注目しなければなりません。事例では、Xが甲土地を取得したのは、Xが隠居した後、つまりXの家督相続が開始した時点より後になっています。したがって、甲土地は、Xの隠居に伴い長男Aが家督相続した乙家の財産には含まれていなかったことになりますので、甲土地については、被相続人Xから長男Aが単独で家督相続してはおりません。よって、事例において、家督相続による相続登記を申請するのは誤りであり、そのような相続登記の申請は法務局の登記官において却下されます。
2.次に、被相続人Xは、隠居して乙家の家族となった後、昭和10年に死亡しています。この時点での相続は、いまだ旧民法が適用されますが、戸主ではない家族の死亡による相続については、旧民法の遺産相続の規定(旧民法992条以下)が適用されます。したがって、Xの遺産である甲土地の相続人については、旧民法の遺産相続の規定に基づき判断しなければなりません。
3.さて、旧民法の遺産相続の規定(994条〜996条)によると、乙家の家族たる被相続人Xの遺産相続人となるのは、基本的には次の順位に従うことになります。
第1順位 直系卑属
第2順位 配偶者
第3順位 直系尊属
第4順位 戸主
4.よって、事例の場合は、第1順位であるXの子A、B、C、D、Eの5名が相続人となり、各自均等割合で甲土地を共同相続することになります。なお、遺産相続については、相続人が被相続人と同家に在籍している必要はありませんので、子らが養子縁組、婚姻、分家等により乙家を出ていても影響はありません。また、これら相続人についてさらに相続が開始している場合は、それぞれについて改めて相続関係を調査判断していくことになります。したがって、このような事例の相続については、最終的な相続人の数が数十人単位から場合によっては100人を超えることも往々にしてあります。
5.以上より、事例の甲土地について行うべき相続登記は、旧民法に基づく遺産相続を原因とする所有権移転登記ということになります。

 今回のお題は、司法書士なら誰もが知っているような基本的なお話ですが、私の経験上では、特に被相続人の方が60歳未満で早期に隠居している(いわゆる特別隠居)ような場合に起こりがちな事例のような気がします。隠居から死亡までの期間が長いと、それだけ不動産を取得する可能性が高くなるということなのでしょうか。
 ま、それはともかく、要は、早い段階で家督相続か遺産相続かを正確に判断しなければならない、ということですねん。