2018年6月


 法律と倫理(2018年6月27日・vol.273) 

 先月の亡地方新聞の記事で、成年後見制度に関連して、被補助人の方(本人)を支援していた補助人(法人)が、亡くなった本人の遺産である不動産の遺贈(簡単に言えば、遺言による贈与)を受けていたことについて、問題提起がなされていました。
 この件については、記事の中で当事者の法人や成年後見人等の選任・監督機関である家庭裁判所が述べているように、被補助人が補助人に対して遺産を遺贈する旨の遺言を行うことは、「法律的には有効」です。よって、もらう側は遺産を有効に受け取れます。ただ、ここで問われているのは法的な有効無効の問題ではなく、「成年後見という制度の中で、本人の支援に関わっていた者(もちろん相続人でない者)が本人の遺産を受け取るのはどうなのか?」という職業倫理の問題なのでしょう。本人を支援するための制度として成年後見の制度があり、その制度の中で公的な機関である裁判所から選任された第三者後見人が、この制度を契機に関係をもった本人からその遺産(裁判所が認めた正式な報酬以外の財産)を受け取るのは、公的な職に就いた者のあるべき倫理観に照らしていかがなものか?ということです。
 以下、法律及び職業倫理の観点から、成年後見と遺言の問題をちょっと検討してみます。なお、提起する問題点や考え方については、あくまで私見ですので念のため。

○ 関連する法律の規定
1.成年被後見人が遺言をするには、事理を弁識する能力を一時回復した時において、医師2人以上の立会いが必要とされています(民法973条1項)。よって、事実上、成年被後見人の方が遺言をすることができるケースは極めてまれであると言われています。

2.成年被後見人が、後見の計算の終了前に、成年後見人又はその配偶者若しくは直系卑属の利益となるべき遺言をしたときは、その遺言は、無効とされています(民法966条)。ただし、この規定は、保佐、補助は対象外とされています(→今回の新聞記事の内容は被補助人の遺言(遺贈)なので、法的には問題なく有効)。

3.被保佐人及び被補助人が遺言をすることについては、法律上の制限はなく(民法962条)、被保佐人及び被補助人は、自らの意思で自由に遺言をすることが可能です(→今回の新聞記事の遺言(遺贈)も法的には十分可能)。したがって、保佐人または補助人が、被保佐人または被補助人の方から、遺言書を作成したい旨の相談を受けることは十分ありえます。

○ 倫理的な問題
1.先々の事を考えて、保佐人や補助人の側から本人に対し積極的に遺言書の作成を勧めることについては、どう考えるか。
2.本人が遺言の作成を希望する場合の保佐人・補助人の関与のあり方はどうあるべきか?直接的な関与(内容や方法等のアドバイス、手続の手配等)をするのはどうか?公正証書遺言の証人になることはどうか?
3.本人が保佐人や補助人(その家族、親族等を含む)への遺贈を強く希望する場合はどう対応すべきか?
4.本人が、保佐人・補助人が所属する組織(福祉等の専門職団体や会社等の法人、自治会等)、への遺贈を希望する場合は、どう対応すべきか?

○ 考え方の一視点
1.第三者から客観的に見て、その行為(遺贈を受けること)が後見人(保佐人・補助人)としての職務の公正さに疑念を生じさせないか(例えば、補助人が自身の利益となるような遺言を作成するように被補助人を誘導したと疑われないか)。
2.形式的だけではなく、実質的にも利益相反の問題が生じないか(在職中の財産譲受は禁止されているのに、後見終了後(被後見人等の死亡後)であれば財産を受け取ってよいのか、また、そのための行為(遺言)を促すような行為をしてよいのか。)。

 世間一般でみれば、身寄りのないご本人のお世話等をしていた関係者(個人、法人)が本人に遺言をしてもらって遺産を受け取っているパターンって、たまに聞くような話ですが、少なくとも、成年後見人(保佐人・補助人)といった職務の公正さが求められる立場の人間が職務として関わった人物から法的に認められた適正な報酬以外の利得を生前・死後・直接的・間接的を問わず得るというのはいかがなものでしょう?とりわけ、ご本人に身寄りがなく、異議を唱える人物もいなければ、本人死亡後の財産についてはやりたい放題になるように思いますが。
 ちなみに、成年後見業務を行う司法書士の多くが所属する公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートの会員執務規則では、(1)高齢者・障害者及び関係者等(以下「高齢者等」という。)から、受任事件の報酬に相当する金銭以外に、金銭、物品、不動産その他の財産上の利益を収受し、あるいは自らのために他者名義をもって収受させること。(2)高齢者等に対し、自ら又は自らの親族、又は自ら所属する組織に贈与、遺贈等を勧誘し、あるいは要求すること。(3)高齢者等から執務の公正さに対する疑惑や不信を招くような行為をすること、についてはいずれも禁止されており(規則第8条)また、リーガルサポートが策定した「後見人の行動指針」では、「第三者後見人への遺贈は、後見人の関与を疑われるおそれがあるので受けない。」との規定があります(指針F−1−D)。