2020年9月


 遺言書の適切な保管と適切な内容は車の両輪です(2020年9月21日・vol.312)  

 改正民法(債権法関係)が施行されて以降、売買等の契約書において、契約の趣旨・目的を記載するようになりました。これは、当該契約の趣旨や目的が、当該契約に関して将来何らかのトラブルが発生した場合における契約履行の可否や損害賠償の可否等を判断する際の指針となるからです。では、例えば、土地の売買契約において、「別に何かに使うわけでもないけど、値段も安いし買手が無くて困ってはるから買うたりますねん。」という動機から契約される場合は、契約書には契約の趣旨・目的をどのように書けばよいのでしょう(昨今、市場価値のない不動産があふれている田舎ではこういう話はよくあると思います。)。こういうのは、市販の契約書式集では触れられもしないので、契約書の作成において一考を要します。

 さて、法務局の自筆証書遺言の保管制度が始まって2か月近くが経ちますが、利用状況はどんなもんでしょうか?最新の法律雑誌では体験記なんかも掲載されており、活況を呈している法務局もあるらしいですが、地元の柏原の法務局はいかがかな?
 この保管制度は、法務局に遺言書を保管してもらえば、遺言書の紛失や改ざんが防げるうえ、遺言者が死亡したら相続人や受遺者に遺言書が存在することの連絡までしてくれるので、自分が死亡した後の相続に自分が作成した遺言書の内容を確実に適用できるという意味ではすごく有益な制度ですよね(後者の点では公正証書遺言より優れているように思う。)。必要な費用も公正証書言に比べて随分安いですし。
 でも、あくまで「自筆」証書遺言を「保管」してくれる制度なので、遺言の中身は自分で考えて書かなければなりません。この点、法務局では、自筆証書遺言の形式的な要件(財産目録を除く全文、日付、氏名の自書及び押印並びに訂正方法等)は審査してもらえるみたいですが、遺言の内容(記載内容の正確性や法的効果等)については当然ながら審査も指導もしてくれません。
 そうすると、ここでちょっと不安が生じてきます。保管される(された)遺言書の内容は、将来発生する相続の場面において、遺言者の思い通りの効果を発揮するようなものになっているのかという不安です。遺言書の中身について、個々の事案に応じた法律的な視点や相続発生後に必要となる様々な相続手続上の視点からの第三者(法律専門家)によるアドバイスが一定程度なされている場合は格別、そうではない自筆証書遺言が法務局に保管された場合、遺言の内容に関する面では、それはもう自宅の金庫に遺言書を保管して置いた場合と全く同じですので、将来、相続が発生した際に何か問題は起きないかと思わずにはいられません。もっとも、内容が極めて単純な遺言(例えば、「全財産を妻○○に相続させる」みたいな)であればあまり問題は起きないとは思いますが。
 遺言の真価が問われるのは、言うまでもなく相続が開始した後の遺言執行の場面になりますが、法律専門家の関与なしに作成された自筆証書遺言の内容に散々泣かされたことのある法律実務家であれば、今後、相談者の方から「私、実は法務局に遺言書を預けてますねん」と言われた場合、一抹の不安を感じずにはいられないように思います。遺言書は、きちんと保管されていても、その内容が実際の相続の場面において十分な効果を発揮できないようでは、まさしく「絵に描いた餅」になってしまいます。
 こうして考えると、遺言書の保管制度と遺言書の内容に対する専門家の関与は、言ってみれば車の両輪のような関係に思えます。よって、今般の遺言書保管制度を活用するにしても、少なくとも自筆証書遺言の作成段階では、法律専門家の人を関与させておくことをお勧めしたくなりますが、その専門家は?と言えば、法務局の遺言書保管手続の関係書類の作成を専属業務とする司法書士が一番手になりたいところです。