2019年9月


 遺贈と解すべき特段の事情(2019年9月25日・vol.299)  

 毎月開催している兵庫県司法書士会たんば支部(篠山地区)の登記法律相談会が毎回繁盛しているため、最近は相談員(司法書士)を3名に増やしてご対応しています。司法書士1名あたりの年間担当回数が増加することになるため、地区の会員司法書士の負担は増加していますが、人気があるのは良いことなので(丹波篠山市でのいわゆる専門家相談会でいえばきっとトップクラスの人気だと勝手に思っています)、いけるとこまで続けるべきでしょう。

 「特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。」という司法書士なら知らない人はいないであろう超有名な判例(最高裁判所第二小法廷平成3年4月19日判決)がありますが、この中の特段の事情に関する裁判例(広島地裁平成30年10月16日判決)が某法律系雑誌に出ていました。

事案は時系列に沿って大体こんな感じ(適当に簡略化しています)

1.祖父Aと孫Bが養子縁組

2.祖父Aが「孫Bに全財産を相続させる」「Aの子C(Bの母)を推定相続人から廃除する」旨の遺言書(公正証書)を作成(遺言執行者は孫B)

3.祖父Aと孫Bが養子離縁

4.祖父Aが死亡

5.CはAの相続を放棄(→これによりBはC廃除によるAの代襲相続もできなくなる)

6.孫Bは先の遺言の遺言執行者として、遺産中の不動産甲(X登記所管轄)、乙(Y登記所管轄)、丙(Z登記所管轄)について、@登記名義人住所変更登記とA遺贈を原因とする受遺者Bへの所有権移転登記の各申請を行った。

7.甲不動産については、登記申請@A共に受理され、登記が実行されたが、乙、丙不動産については登記申請@A共に登記申請が却下された。

8.孫Bは、登記申請が却下された2件について、国を提訴(処分取消し、義務付け)

《事案の要点》
1.本件遺言の解釈として、祖父Aから孫Bへの遺贈(包括遺贈)と解するような特段の事情があるか。
2.遺言で全財産を相続させるとした養子との離縁は、遺言の撤回(民法1023条2項)に該当するか。

《裁判所の判断の要点》
1.被相続人が全ての遺産を特定の相続人一人に相続させる旨の遺言をした場合についても、遺言書の記載から、その趣旨が@遺贈であることが明らかであるか又はA遺贈と解すべき特段の事情のない限り、遺産分割方法の指定とともに、当該相続人の相続分を全部とする相続分の指定をする趣旨が含まれていると解すべき
→ @ではない、Aもない(というか形式的審査権しか有しない登記官に遺言書の記載を離れて遺言の趣旨(真意)を探求することまで求めることはできない)、よって本件遺言を遺贈と解することはできない

2.本件遺言は「特定の相続人に全財産を単独で相続させる遺産分割方法の指定及び特定の相続人の相続分を全部とする相続分の指定」をしたものであるところ、当該相続人が養子離縁により相続人たる地位を失った以上、当該相続人はもはや遺産を相続することはできなくなる。よって、本件離縁は、遺言の撤回に該当する。

(注)判決の読み違えがあるかもしれませんので、正確な内容は原文にあたってご確認ください。

 遺言に基づく登記申請手続の依頼を受けた司法書士は、通常、遺言の内容(形式やその背景事情等)を入念に検討したうえで、依頼者の方の希望する登記が実現できるよう尽力することになりますので、「相続で無理なら遺贈ではどうか」と考えるのは自然です。判決文からはそのような司法書士の活動内容も読み取れた気がしました。


 特別代理人の責任(2019年9月7日・vol.298)  

 @金、A和牛、B磁気治療器、この3つのワードから何か浮かんだ方はきっと消費者問題をある程度勉強している方なのでしょう。答えは、最後にあります。

 ある法律行為の当事者の中に@親権者とA未成年者あるいはB成年後見人とC成年被後見人がいる場合において、当該法律行為が利益相反行為に該当する場合は、未成年者または成年被後見人の利益を保護するため、これらの者のために家庭裁判所に対して特別代理人の選任を請求しなければならないとされています(民法826条、860条)。また、この特別代理人の選任を経ずに親権者または成年後見人が未成年者または成年被後見人を代理して法律行為を行った場合は、当該行為は無権代理行為に該当し、無効とされています。利益相反行為に該当する法律行為で代表的な事例としては、遺産分割協議(相続人として@とAまたはBとCがいる場合)や担保権設定(@またはBの債務を担保するためにAまたはC所有の不動産に抵当権を設定する)等があります。
 また、上記の事情により家庭裁判所に対して特別代理人の選任を請求する場合における申立手続の実務においては、申立人において予め@特別代理人の候補者A選任される特別代理人との間で行う予定の法律行為の内容(遺産分割協議案、金銭消費貸借契約及び担保権設定契約案等)を掲げたうえで、選任審判の申立てを行うのが通例です。
 そして、候補者から予定どおり選任された特別代理人は、選任申立ての際に予め提示されていた内容どおりの法律行為を形式的に行っている(予定どおりの内容かどうかを確認してハンコを押す)、というのが大方の実情であると思われます。
 さて、今回の話のネタは、「利益相反行為の特別代理人に選任された者が行う職務とその責任」についてです。つまり、未成年者や成年被後見人の利益を保護するために家庭裁判所において選任された特別代理人が行うべき職務の内容として、上記のように選任申立て時において予定されていた法律行為(利益相反行為)の内容を無批判に追認するような行為を行った場合において、仮に当該法律行為(利益相反行為)が行われた結果、未成年者等に不利益が生じた場合、特別代理人はその責任を問われるのか、ということです。

(参考裁判例)
1.岡山地裁・平成22年1月22日判決(第1審)
2.広島高裁岡山支部・平成23年8月25日判決(第2審)

 上記裁判例の判断内容を2つまとめて勝手に要約すると、

1.特別代理人選任の審判の主文に遺産分割協議書案が掲げられている場合でも、その趣旨は特別代理人の裁量権の制限であり、利益相反行為の相当性の判断は、本来、家庭裁判所ではなく特別代理人がすべきものである。

2.特別代理人は、その権限を行使するにつき、未成年者に対して善管注意義務(民法644条)を負う。

3.よって、特別代理人は、当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させるか否かの判断をする権限を有している以上、被相続人の遺産を調査するなどして当該遺産分割協議書案が未成年者保護の観点から相当であるか否かを判断すべき注意義務を負う。

4.その結果、未成年者保護の観点から不相当であると判断される場合は、当該遺産分割協議を成立させてはならない。

5.上記の善管注意義務に反して必要な遺産の調査等を行わずに遺産分割協議を成立させた結果、未成年者に損害を与えた場合は、不法行為による損害賠償責任を負うことがある。

 よく、同業者の中でも、「この協議書案で裁判所の了解を得ているんだから問題ないでしょう」とおっしゃる方がいますが、さにあらず、裁判所は法律行為(利益相反行為)の内容にお墨付きを与えたわけでもなければ、提案のとおりに法律行為を行えと強制しているわけでもなく、「利益相反行為を行ったことに伴う全ての責任は特別代理人にあり」ということなのでしょう。
 このように考えられるのであれば、裁判例の事案のように遺産分割協議書案の条項の中に「それ以外の遺産」は○○が取得するみたいな概括的な記載がある場合は、特別代理人としては、詳細な遺産の調査を経ない限り安易にハンコは押せません、となるはずです。
 ところで、利益相反行為の中でも物上保証事案(例えば、子が親の成年後見人になっているケースで、子が親所有の土地の上に住宅ローンを組んで住宅を建てる場合の親の土地への抵当権設定契約)の場合、親がその住宅に一緒に住む場合はともかく、そうでない場合は親のメリットは皆無ですので、この場合の親の特別代理人は、親の権利を保護するためにどのような対応を採るのでしょう。結構難しい問題に思えます。

☆ 冒頭クイズの答え
 預託商法(問題の物品はいずれも過去の大型消費者被害事件の商品です)
 ちなみに戦後の消費者被害事件の被害規模(金額)TOP3はいずれもこの商法にかかわる事件だそうです。