2018年7月


 株主リストの功、司法書士の不幸?(2018年7月26日・vol.275) 

 商業登記の申請手続において、いわゆる株主リスト(商業登記規則61条2項・3項)を添付しなければならないようになって早くも2年近くが経過しますが(平成28年10月1日施行)、この株主リストを添付するようになって判明したことの一つが、特に中小企業における従来の登記申請において添付されていた「株主総会議事録の記載内容の誤り」でしょう。株主リストの添付が必須となって、登記申請業務の依頼を受ける司法書士の側も株主名簿等のチェックが必須となりましたが、このチェックの過程において、従来から作成されてきた議事録の誤りに気付くことも増えました。
 まず、この株主総会議事録については、会社法施行規則72条において最低限必要な議事録の記載内容が定められていますが、法務省のHPで掲載されている登記申請用の議事録記載例によれば、「議決権を行使することができる株主の議決権の数」を記載するようになっています。したがって、ほとんどの会社が登記申請において添付する株主総会議事録にも、この文言が記載されているわけですが、これまた実際に登記申請をする多くの会社の例では、「発行済株式の総数=議決権を行使することができる株主の議決権の数」となっています。この点については、実際、多くの中小企業では、1株1議決権なので、「=」で正解の場合が多いでしょう。
 が、「ちょ、待てよ、この株主名簿(または株主リスト)や定款の内容によると、議決権の無い株式があるんじゃないの?」となることが間々あります。例えば、自己株式(会社が保有する株式)単元未満株式(単元株制度採用会社の場合)端株(会社法で廃止されたが未だに現役)等がある場合がそうですが、これらの株式にはそもそも議決権はありませんので、これらがある場合は、上記の「=」の式が成立することはありません。したがって、よくよく検討もせずに、適当に「発行済株式の総数=議決権を行使することができる株主の議決権の数」と記載した議事録を作成してしまうと、誤った議事録を作成したことになってしまうのです(そもそも総会を開催していない場合やシャンシャン総会だとそのようになりがち)。そして、このような議事録を株主リストと一緒に登記申請の添付書類として法務局へ提出した結果、各書類間の齟齬(株主リストの内容では議決権の無い株式があるのに議事録では全株式に議決権があるとなっている等)が発覚した場合は、登記申請が却下されることもあるでしょう。ちなみに、先の法務省の議事録記載例では、自己株式がある場合には、その旨を議事録に記載するように促されていますが、「自己株式に議決権がない」との注意書きまでは書いていないので、そのことを知らなければ、議事録のみで誤りが発覚する仕組みになっています。
 議事録の記載の誤りだけで済むのであればまだいいのですが、決議の有効無効にまで影響するような誤りはマズイですので、誤りを防止するためにも、まずは会社の株式の内容と株主総会での議決権の有無や議決権数の確認をしっかりとしていただければと思います。
 自社において適正な登記申請手続を行うことが難しい場合は、是非、お近くの司法書士まで相談、依頼をしてみてください(株主リストの作成のために株主名簿等をきちんとチェックするようになってから過去に自らが作成した議事録の誤りに気付いた司法書士も結構いるんじゃないかと思いますけどね・・・(笑))。


 遺留分減殺と葬儀費用(2018年7月5日・vol.274) 

 最近、相続登記の手続のご相談者の方で、税務署から相続税に関する照会文書が届いたという方がやけに多いです。近年の相続税法改正により、相続税課税の対象者が増大したようですが(従来の約2倍になったそうです)、どう考えても課税されそうにない方にまで送付されてきているので、これって税務署は一律に送っているのだろうかと思うこの頃です。ちなみに、最近は「相続税マルサ」と呼ばれる税務署の部隊があるそうで、税務署で保管している故人の所得、資産等のデータから課税対象者の目星をつけており、申告がないと普通の一般家庭でも乗り込んでくるそうです。
 さて、今回のネタは、遺留分減殺と葬儀費用です(内容はもちろんフィクション)。
「お前には世話になったから俺の遺産はお前に全部やる」と故人が遺言書を残してくれていたため、葬儀等の執行もすべてやり終えた後(なお、ちょっと内容が豪華になったけど費用は遺産から支弁)、いざ遺言を執行しようとしていたところ、それまで音信不通で何の協力もしなかった相続人から遺留分減殺の通知が届きました。「これまで全く関わろうとしなかったくせに金だけよこせとはなにごとか(怒)!!」と無意味に怒りつつも通知の内容をさらによく見ると、「葬儀は貴方が勝手にやったことだから費用も貴方が負担すべきであり、遺産から出すことは認めません。」とあるからさらに火に油で怒髪天を衝く状態になりました。こんな言い分通るのでしょうか?
 まず、遺留分の算定方法について、民法によると、「@被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に、Aその贈与した財産の価額を加え、Bそこから債務の全額を控除して、算定する。」と規定されています(民法1029条、なお、実際の計算はかなり複雑なものです)。
 そんなわけで、遺留分の減殺請求をする側からすれば、より多くの財産をもらうために、総財産から差し引かれる相続債務の額を減らそうと考えますので、先の例のように「勝手に高額の葬式費用を引いてんじゃねー(こちらも怒)」みたいな主張が出てくるのです。
 そうなると、おなじみの「葬式費用は誰が負担すべきか」という世間一般から見ればしょうもない?議論に発展してくるわけですが、一応ご紹介すると、主に@相続人共同負担説(相続人が相続分に応じて負担する)、A相続財産負担説(相続財産において負担する)、B喪主負担説(喪主が負担する)、C慣習・条理説(地方や親族団体内の慣習や条理に従って負担する)があり、裁判例や学説の状況も分かれており、法律的には明確な結論は出せない問題です。ある程度遺産があって、身分相応の常識的な葬儀の費用であれば、通常はAのケースが多いと思いますが、遺留分減殺が出てくるような紛争になるとそう簡単にはいかないのかもしれません。
 ちなみに、とりあえずの答えを求めるべく、私がよく読む弁護士会発刊の某書籍によると、葬式費用の先取特権(民法309条1項)の関連から、概要、「香典を差し引いたうえでの相当な額の葬儀費用については相続債務として遺留分算定において控除していんじゃね?」とのことでした(ま、妥当な感じです)。もちろん、分不相応の豪華すぎる葬式費用は、全額控除できない可能性がありますので、そのあたりは注意が必要でしょう。
 最後に、今検討されている民法(相続法)改正では、この遺留分に関する規定も見直しの対象となっており、結構大きく変わりそうな様子ですので(例えば、減殺請求の効果とか)、こちらも要チェックですね。