2019年5月


 包括遺贈と農地法の許可(2019年5月14日・vol.289)   

 登記情報提供サービスで「丹波」篠山市の登記不動産の検索をかけるとまったく物件がヒットしない事象が発生したのでサービス提供者に問い合わせたところ、「システムトラブルではない。最近行政区画の名称が変更されたようなことがあったのなら直接管轄の法務局に聞かれたし」との回答だったので、今度は法務局柏原支局に尋ねたところ、「現在市内の対象不動産について所在の変更登記の作業を実施しており、作業終了物件については「丹波篠山市」で検索可能だが、未了物件については「篠山市」で検索してもらいたい」とのこと。ちなみに、対象物件は土地だけで約30万筆あり、作業期間は1か月から1か月半くらいになるそうです(ご苦労様です・・・)。それにしても、篠山にはそんなに多くの(筆数の)土地があったのね・・・。そんなこと知らなかったので思わぬ収穫がありました。

 さて、本題。包括遺贈(全部または割合的な遺産の遺贈)による農地の所有権移転については農地法(ここでは3条のこと、以下同じ)の許可は不要なので当該登記の申請においては同法の許可書の添付は不要である(登記研究405号128頁)、というのは登記実務の常識であり、例えば、「全ての遺産を何某に遺贈する」という趣旨(全部包括遺贈)の遺言であれば、仮に遺産の中に農地が含まれていても、当該農地についての遺贈による所有権の移転については農地法の許可を必要とせず、また、これにかかる所有権移転登記の申請においても同法の許可書の添付は不要となります。
 では遺言書の内容が次のような場合はどうでしょう。なお、A、B、Cはいずれも遺言者Xの相続人ではないものとします。

遺言書
遺言者Xは、次のとおり遺言をする。
1.Aに特定の預貯金を遺贈する。
2.Bに特定の株式を遺贈する。
3.Cに特定の不動産(宅地、建物)を遺贈する。
4.その余の遺産は全てAに遺贈する。

 さて、本事例でXの遺産に農地がある場合、当該農地は上記遺言書の文言からは第4項によりAに遺贈されることになりそうですが、この場合、Aへの遺贈による所有権の移転について農地法の許可は必要でしょうか?
 まず、第4項の遺贈がAへの包括遺贈であるとすれば先に述べましたとおり許可は不要です。一方、特定遺贈であるとすれば許可が必要となり、この場合において仮にAにおいて許可の要件を満たさないのであれば、結果として、遺言の内容を実現できないことになります(許可が下りなければAに農地を取得させることはできない)。
 したがって、ここは遺言内容の実現の可否という重大な問題にかかわる遺言の解釈をしなければならないことになりますが、特定遺贈の観点で考えれば「○○以外の全部」という形で遺贈の対象物は具体的に特定されていると考えられないわけでもなく、また、包括遺贈は「全部包括遺贈」か「割合的包括遺贈」かの2種類で判断するのが通常であるところ文言上はどちらでもないため、本事例の場合、遺言書の文言のみから特定遺贈か包括遺贈かを形式的に判断するにはやや悩ましい・・・。ちなみに、遺言の解釈は、遺言執行者がある場合は、最終的には遺言執行者がその責任において行うことになります(責任重大)。
 そこで、以下、判断材料のご提供。

1.東京地方裁判所平成10年6月26日判決(要旨)
 「特定財産を除く相続財産(全部)」という形で範囲を示された遺贈であっても、それが積極、消極財産を包括して承継させる趣旨のものであるときは、相続分に対応すべき割合が明示されていないとしても包括遺贈に該当する。

2.登記研究571号151頁(要旨)
 遺言により、Aに特定の不動産を、Bにそれ以外の財産全部を遺贈した場合、農地についての遺贈を原因とするBへの所有権移転の登記の申請書には、農地法所定の許可書の添付を要しない。

 一般的に、「解釈を加えないと執行できない遺言」の執行は大変なので、皆さん遺言書を作成されるときは、「執行の場面を想定して」作成するようにしましょう(←結局は、ここが言いたかったのですね)。