2020年11月


 相続放棄と管理継続義務(2020年11月3日・vol.314)  

 某新聞に、神戸市は、増加を続ける空き家対策として、来年度から利活用の見込みがない全ての空き家について、固定資産税の税制優遇を順次廃止する方針を固めたとの記事が載っていました。これは税金を安くするために使わない空き家を残しておくという方法を抑止するためのようです。一方で、同じ記事欄に売りたくても売れないという悲鳴のような内容も載っていました。私の暮らす地域でも空き家は増える一方ですが、他方で新築分譲住宅も増えているように見受けられます。やっぱり若い人は古い家ではなく性能のよい新しい家に住みたいということなのかな?空き家を売る側も、現状を鑑みると、売って儲けようなどとは思わないようにしないといけない時代になってきているようにも思いますが。

 さて、空き家対策委員の私が言うのもなんですが・・・、

 最近、相続放棄の手続に関連して、市町村等の行政から「相続放棄をしても建物(空き家)の管理義務は引き続き残ります」となにか念押しするように言われることが非常に多いように感じます。また、それを受けてか、自治会や近隣住民からも同じような主張をされることも増えているように感じます。

 ここで言わんとされているのは、民法940条1項が規定する「相続放棄者の管理継続義務」のことなのですが、条文では次のように規定されています。

 「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」

 この規定の意味としては、「相続放棄をした者は、その者の相続放棄により相続人となった他の相続人(同順位または次順位の相続人)や相続財産法人(相続財産管理人)が相続財産の管理を始めることができるまでの間は、当該他の相続人や相続財産法人に対しては、引き続きそれまで同様に相続財産の管理を継続して行わないといけません」という相続放棄者が負う義務が定められたものであるとされています。また、その目的は、相続放棄をしたからもう関係ないとしてそれまで管理していた相続財産を放置されることにより他の相続人や相続人が存在しなくなった場合の相続財産法人が不利益を被ることを防止することにあるとされています。

 ここで重要なのは、相続放棄者が民法940条1項の管理義務を負うのは、他の相続人や相続財産法人に対してであって、行政等の第三者一般に対して負うものではないということです。また、同条の管理義務は、従前からの管理を継続する義務であり、よって、それまで一度も相続財産である不動産を自ら管理したことがないような相続放棄者においては、当該義務を負うことはないということです。

 相続放棄の効力について規定する民法939条が「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」と定めているとおり、相続を放棄すれば最初から相続人ではなくなるわけですから、そもそも相続人じゃない者が相続財産について義務なんて負うわけがないというのが大原則となるわけで、ただ一旦相続財産を管理した以上は他の相続人等が管理できるようになるまではそれらのために管理を継続しなさいよ、ということなのでしょう。

 そうすると、相続を放棄した者に対して、誰彼かまわず「管理義務は残ります」と言うのはちょっと違うんじゃないのと言いたくなりますよね。せっかく相続放棄をしたにもかかわらず、見たことも聞いたこともないどこにあるかも知らない不動産を管理せよというのはおかしな話でしょう。

 ちなみに、民法940条1項の管理継続義務を負う相続放棄者は、空家等対策の推進に関する特別措置法(空家特措法)3条の「管理者」に該当するとされているため、理論上、同法14条3項の助言、指導、勧告の対象者となり得るとされていますが、相続放棄者には空き家に対して必要な措置を講じる権限はありませんので、指導等をしても実質的に意味がなく、また、措置を講じないことに正当な理由があるため、行政から措置命令を受けることもないとされています。

 なお、本件の民法940条1項の相続放棄者の管理義務については、法制審議会民法・不動産登記法部会において現在法改正検討の俎上に載っておりますので(第13回参照)、こちらも注目しておく必要がありますが、部会資料を見るに、要は現在の条文上は相続放棄者の管理義務が一義的に明確になっていないためこれを明確にするような改正が必要ではないかという方向での議論となっているようです。確かに、条文が不明確だから相続放棄者に一律に管理義務が残るみたいな誤ったことが言われるようになるわけですからこの方向での改正は大歓迎です。ちなみに、同資料では案として、「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している場合には、相続人(第951条の規定の適用がある場合には、同条の法人)に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存すれば足りる。」としてはどうか、との提案がなされています。